安倍晋三元総理を偲ぶ 国を背負った志の記憶

安倍晋三元総理の三年祭を終え、宮司として改めて心に浮かぶのは、この国がどれほど大きな存在を喪ったのかという痛切な実感である。いまなお、その喪失感は癒えることなく、むしろ日々深まりを増している。
世界を見渡してみれば、安倍元総理の存在がいかに国際社会に影響を与えていたかが明らかである。欧米の首脳たちは彼に敬意を払い、アジア各国の指導者たちは彼の意志を慎重に見つめていた。その背景にあったのは、国家の根幹を見据えた理念、そして信念を実行に移す胆力にほかならない。
まさに今、トランプ米大統領が日本に対して25%の追加関税を課す意向を通達したという報が届いた。経済の安全保障が揺らぎ、同盟関係の信頼に影が差すような局面において、宮司の胸に去来するのは「もし、安倍元総理が生きておられたならば」という強い思いである。
安倍元総理であれば、こうした危機的状況にあっても、アメリカとの信頼関係を巧みに保ち、決して摩擦を決定的な対立にまで至らせることはなかったに違いない。トランプ大統領との個人的信頼は深く、国益を守りながらも互いに尊重し合える外交関係を築いていた。その冷静さと大胆さが、日本を支え、世界の安定にも大きく寄与していた。
宮司は、安倍元総理の死によって、日本だけでなく、国際社会全体が一人の賢明な調停者を失ったと感じている。強い意志と歴史観を持ちつつも、決して独善に陥らず、対話によって道を切り開こうとする姿勢は、政治家として稀有であった。
戦後の日本において、これほどまでに明確な国家観と実行力を備えた政治指導者は他に見当たらない。伝統を守りながらも、時代の要請に応え、世界と肩を並べる日本の姿を実現しようとした。その姿に、宮司は深い敬意と畏敬の念を抱いている。
政治とは、理想だけでも現実だけでも成り立たない。安倍元総理は、その両者を見事に調和させ、日本の未来を見据えた政策を次々と打ち出してきた。その歩みは、決して平坦ではなかった。時に批判され、時に孤立しながらも、彼は決して逃げず、言い訳もせず、ただ日本のために信じた道を進み続けた。
宮司は今、あらためて思う。安倍元総理がご存命であれば、日本は今よりもはるかに強く、しなやかで、そして希望に満ちていたであろうと。外交はしたたかに、経済は堅実に、安全保障は現実的に、そして教育や文化においては誇りを持てる国づくりが進んでいたはずだ。
人は失って初めて、その存在の大きさを思い知らされる。しかし安倍元総理については、生前からすでに、その偉大さを多くの国民が理解していた。だからこそ、その死は計り知れない衝撃とともに受け止められた。
三年という歳月が過ぎようとも、その精神は決して風化しない。否、宮司はそれを風化させてはならないと心に誓っている。
この国を愛し、守り、次世代に誇れる日本を残そうとした一人の政治家の志を、今を生きる私たちが受け継がねばならない。それこそが、安倍晋三元総理への最も深い感謝と、最大の哀悼となるのではないかと、宮司は確信している。