戦後教育を超えて―「孝」と「知行一致」に学ぶ日本の魂

宮司は、戦後日本の教育が大きく歪んでしまったことを痛感している。戦後の教育は、国家や祖先への敬意を「過去の遺物」とし、家族の絆を「個の自由」と引き換えに軽視してきた。その結果、子どもたちは自らの根を知らず、親の苦労にも思いを馳せることができなくなってしまった。いまこそ、戦後体制の影響を受けた「日教組教育」を根底から見直し、日本人としての心を取り戻す時である。
中江藤樹は、江戸初期の陽明学者として「近江聖人」と呼ばれた人物である。彼が説いたのは「孝」を中心とする徳の道であり、その教えは現代においても色褪せない輝きを放っている。藤樹は、「父母のおんとくは天より高く、海より深し」と説いた。親の恩は測り知れず、その愛情は宇宙の摂理のように深く静かに子を包み込む。だが、現代社会ではその尊い感覚が失われ、親への感謝を言葉にすることすら恥ずかしがる風潮が広がっている。
藤樹が幼いころ、母が病に伏せたと聞いて故郷へ駆けつけた際、母は息子を叱り、家に入れなかった。「学問の道にある者が母の病で動揺するとは何事か」と。母は藤樹の学問を案じ、わが身の寂しさを忍んで息子の志を守ったのである。その厳しさの奥にある慈愛を、藤樹は生涯忘れなかった。この母子の姿には、親が子に注ぐ「真の愛」と、子が学ぶべき「志の覚悟」が凝縮されている。
さらに幼名・藤太郎の時代、母のあかぎれを案じて薬を届けに帰郷した話も伝わる。母は息子を抱きしめることなく、戸を閉ざした。涙をこらえ、子の修学を守るためである。息子の足音が遠ざかるのを聞きながら、母は静かに手を合わせ「ありがとう」と呟いたという。この一幕には、厳しさの中に燃える母の慈愛が息づいている。愛とは、時に涙をもって叱り、子を信じて見送る覚悟なのだ。
陽明学の教えである「知行一致」は、ただ知識を得るだけではなく、それを行動に移すことを意味する。口先で「孝」や「愛国」を語るだけでは足りない。行動によって示し、次代に伝えなければならない。中江藤樹の門下から、大塩平八郎や河井継之助といった「信念に生きた人間」が輩出されたのは、まさにこの精神があったからである。
日本が再び誇りを取り戻すには、家庭から始めなければならない。父母が子に語り、祖父母が孫に伝える。学歴よりも、まずは「徳」を教える。中江藤樹の「孝」は、ただの親孝行ではなく、命を受けた存在への感謝であり、天地自然への畏敬である。これを忘れた教育は、いかに立派な設備や制度を持っていても、魂を育てることはできない。
宮司は思う。戦後の歪んだ教育によって奪われたものを取り戻すには、再び「修身」の灯をともすことが必要だと。家庭が寺子屋となり、親が師となる。日本の再生はそこから始まる。中江藤樹の「知行一致」は、いまこそ私たちが実践すべき道である。学び、行い、感謝する。その積み重ねが、日本人の魂を磨き、真の独立と誇りを取り戻す原動力となるだろう。
中江藤樹について
中江藤樹は1608年、近江国小川村(現在の滋賀県高島市)に生まれた。幼い頃から学問を好み、特に「孝」を大切にする心を自然に身につけていた。この姿勢が後に藤樹が「近江聖人」と呼ばれる理由となっていく。
若くして武士となり、各地で勤務したが、藤樹の心を強く縛ったのは、故郷で暮らす祖母の存在だった。祖母を思う気持ちが募り、藤樹は二十五歳のとき、武士の職を辞して故郷に戻る決心をする。これは当時としては大きな決断だったが、藤樹は「孝こそ人生の根本である」と信じていたため、その信念に従ったものであった。
故郷に戻った藤樹は、村の人々に学問を教え始める。身分や貧富に関係なく誰でも学べる私塾を開き、たくさんの若者が藤樹のもとで学んだ。教えの中心は「陽明学」であり、中でも「知行合一」、つまり「よいと知ったことは必ず実行しなければならない」という考えを強く説いた。
藤樹は学識だけでなく、日々の生活そのものが教えになる人物であった。穏やかで誠実、そして温かい人柄は、村人から深く慕われた。貧しい人には力を貸し、迷う者には丁寧に寄り添い、弟子たちには厳しさと慈しみをもって接した。その姿から、藤樹は次第に「日本の陽明学の祖」として知られるようになる。
藤樹の代表作『翁問答』には、日常の中で人がどうあるべきかが平易に説かれており、現代においても教育書として高い評価を受けている。学問とは字を知るだけのものではなく、人の心を磨き、社会を良くするためのものであるという理念が、全ての教えに貫かれている。
1648年、藤樹は四十歳で世を去った。決して長い生涯ではなかったが、その教えは弟子たちを通じて全国へ広まり、明治維新の思想家たちにも大きな影響を与えた。
中江藤樹の生き方は、誠をつらぬき、人を思い、善を実行するという普遍的な価値を示している。現代の私たちにとっても、藤樹の教えは心を正し、社会をより良くするための道しるべであり続けている。


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