わが魂を揺さぶる画家 片岡球子

宮司の胸を強く揺さぶる画家として、片岡球子の名がある。数多の画家が富士を描いてきたが、球子の富士山には他にはない烈しい息吹が宿っている。画面から噴きあがるような勢いがある。色彩が躍動し、筆致が火花のように飛び散り、生命そのものが画面の奥で脈打っている。眺めるたびに胸の奥底が震え、言葉より先に魂が動く。
どんな絵と並べても球子の絵は揺るがない。圧倒されることがない。絵そのものが強靭な生命体のようであり、コンクリートさえ突き破って芽吹く草のように、どこまでも伸びあがる力を感じさせる。日本の大地の奥深くに眠るエネルギーが、そのまま色彩に変じて溢れ出しているかのようである。
片岡球子は若き日に「北海道の大地のような、でっかい、人が息を呑むような迫力の絵を描きたい」と語っていた。広大な空を仰ぎ、厳しい自然のただ中で育まれた眼差しが、後年の雄渾な世界を形づくった。羊蹄山、富士山、桜島といった堂々たる山々に挑み続けたのは、ただ美しい風景を描くためではなく、大自然が持つ畏敬すべき力に向き合うためだったに違いない。
偉大な画家たちの影響は確かにあった。だが球子は模倣に安住することをよしとしなかった。横山大観が描く荘厳な富士に向き合い、梅原龍三郎が捉えた桜島の炎のような存在感を受け止めながらも、それらと真正面から競い合い、自らの感性で山を描き切った。描くとは生きることそのものだと教えてくれるような、覚悟に満ちた筆遣いである。
晩年の代表作となった面構の連作には、歴史上の男たちの内奥が烈しい色彩となって顕れている。足利尊氏、豊臣秀吉、雪舟、葛飾北斎、日蓮、一休。いずれも激動の時代を駆け抜けた人物であり、強靭な精神を備えていた。球子はその精神の深層を捉えようとし、面貌に宿る意思と覚悟を描き出した。色彩は鮮烈で、構図は大胆。静かに見えて、底には激しい情熱が煮えたぎっている。歴史に名を刻む者とはどれほど強い心を持っていたか。その姿を球子は画面に刻み、人々に示したのである。
球子の作品の背景には、明るさと繊細さ、そして屈折や葛藤が交錯している。美術評論家が語る通り、球子は自然に親しんだ少女期を持ちながら、心の深部には他者に容易に触れられない複雑さを秘めていた。その複雑さが絵を濁らせることはなかった。むしろ魂の燃料となり、たくましさと強さとなって作品を支えている。外からの評価に屈することなく自らの表現を押し通した姿勢は、多くの日本人に勇気を与える。
球子と同時代を生きた女性画家には、驚くほどの長寿者が多い。小倉遊亀は百五歳、三岸節子は九十四歳、秋野不矩は九十三歳。片岡球子も百四歳まで生き抜き、創作を続けた。彼女たちに共通するのは、年齢を意識しないほどの情熱と強靭な精神力である。与えられた命を最後の瞬間まで使い切ろうとする意志の強さが、日本人女性の底力を象徴している。
片岡球子の歩みは、そのまま日本人の精神の一つの理想像を示している。困難に折れず、使命を手放さず、魂の震える方向へ歩んでいく姿。時代が移ろい、人々の価値観が変わっても、この姿勢は人の心を強くする。日本の精神文化を支えてきた根源的な力が、球子の絵には宿っている。
作品の前に立つと、不思議なほど勇気が湧き上がる。富士山の赤は、燃える心を呼び覚まし、青は静かな覚悟を育む。大地のような力強さを持つ色彩に包まれると、人間の中に眠る本来の力がよみがえるように感じられる。宮司が球子の絵に惹かれるのは、芸術作品としての美しさだけではなく、日本人が本来持つ生命力を呼び覚ましてくれるからである。
人生は時に厳しく、思いどおりには進まない。だが球子の絵は語りかけてくる。人はどんな壁に出会っても、魂を燃やせば前へ進むことができる。大地の力は人の内にも宿っている。生きるとは、胸の奥にある力を信じ続けること。その力こそ未来を拓く原動力になる。
片岡球子の生涯と作品は、現代を生きる日本人の心を強く照らす灯となる。激しい時代の中でこそ、胆力と情熱を失ってはならない。球子が描く富士のように、堂々とそびえ、揺るぎなく、天へ伸びる志を持つことが、日本の未来を健やかにする道であると宮司は確信している。
片岡球子について
鮮烈な色彩、力強い筆致、大胆な構図で知られ、生涯を通じて独自の表現を探求した。とくに富士山を描いた作品群は、ただの風景画ではなく、自然の内に潜むエネルギーそのものを描き出したかのような迫力をもち、見る者の魂を揺さぶる。
1905年、北海道札幌市に生まれた球子は、厳しい自然に囲まれた環境の中で育った。その大地が内包する力強さが、後年の豪快な画風を形づくったといわれる。画家としての道は平坦ではなく、若い頃は数多くの落選を経験したが、決して屈することなく制作を続けた。やがて絵は大きく飛躍し、日本美術院の中心的存在となり、文化功労者、文化勲章受章へと至る。
代表作のひとつである「面構(つらがまえ)」シリーズは、歴史上の人物の精神を鮮烈な色彩で描き切った作品群である。武将、僧侶、画家など、強靭な生きざまを持つ人物たちの内面へ鋭く迫り、その生気が画面からほとばしるように表現されている。
百歳を超えても創作を続けた片岡球子の人生は、芸術への情熱と強い信念に満ちている。自然の力、人間の力、生きる力。それらすべてを絵に注ぎ込み、観る者に勇気と活力をもたらす。片岡球子は、日本美術の枠を超えて、多くの人々の心に深い感動を刻む画家である。
