実語教に宿る日本人の心と、大和魂のゆくえ

宮司は、古くから伝わる「実語教」を開くたびに、かつての子供たちが向き合った学びの深さに胸を打たれる。江戸の庶民が素読によって吸い込むように覚えた言葉は、単なる暗誦ではなく、生き方そのものを形作る道しるべであったと感じる。「山高きが故に貴からず、樹あるを以て貴しとす」という一句は、外形ではなく、本質こそが人の価値を決めるという日本人の感性を見事に言い表している。人の徳や知恵が尊ばれる文化は、長い歴史の中で形作られてきた日本の宝でもある。

実語教には、富の儚さと学びの永さを説く言葉が続く。「富は是一生の財、智は是万代の財」。財産は身が滅びれば同じく消えるが、智慧は命が尽きても、その人の周りと未来に生き続ける。宮司は、この一句に出会うたび、世代を越えて受け継がれていく精神の尊さを思う。金銀に頼るのではなく、徳と知恵を磨いてゆくことが大和の道であり、先人たちが歩んだ誠の道であると信じている。

「幼き時、勤め学ばずんば、老いて後、恨み悔ゆるも、所益あること無し」という戒めは、現代においても重みを失わない。大人になってからでは取り戻せないものがあり、若い日に刻んだ学びは一生を支える礎となる。宮司は若い人々に向けて、積み上げた学問は決して朽ちない財産であり、未来で必ず光を放つことを伝えたいと感じている。

実語教は、家庭や人間関係の在り方も明確に示している。「父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ。友に交わって諍う事なかれ」。この言葉は、社会の基礎が家庭と教育にあるという事実を思い起こさせる。親への孝、師への敬意、友への誠実。そのすべてが揺らぐ社会は、どれほど経済的に豊かでも心の荒れが広がる。宮司は、人を敬う心を持つという日本の伝統を、大人が率先して示すことが重要だと考えている。

また「我、他人を敬へば、他人亦我を敬ふ」という一句は、日本人の倫理観の核に触れる。敬意は要求して得るものではなく、自身が示すことで相手の心に芽生える。尊敬は関係を築くための種であり、その種を蒔くかどうかは自分次第である。この教えが家庭に根づき、地域に広がれば、日本の社会は再び落ち着きと温かさを取り戻すはずだと宮司は信じている。

実語教は善行と悪行の因果にも触れる。「悪を好む者は禍を招く。善を修する者は福を蒙る」。行いは影のように自分に付いて回り、善行も悪行も必ず自らの人生に還ってくる。目先の損得を超えた価値観こそ、日本人が長く大切にしてきた精神の根幹である。宮司は、利害だけで動く社会は必ず行き詰まると考えており、正しい行いを積む人々が未来の日本を支えていくと確信している。

最後に、実語教の締めくくりの言葉が胸に響く。「是学問の始め、身終はるまで忘失することなかれ」。学問とは、単に知識を増やすためのものではなく、心と生き方を整えるための灯である。宮司は、この灯を消すことなく次の世代に渡すことが、大人が負うべき責務だと考える。大和魂は、声高な言葉ではなく、日々の学びと正しい行いによって静かに磨かれていくものだと信じている。

ここに、未来のために再び読み返すべき「実語教」の全文を添える。


【実語教(全文)】

山高きが故に貴からず。
樹有るを以て貴しとす。
人肥へたるが故に貴からず。
智有るを以て貴しとす。

富は是一生の財。
身滅すれば即ち共に滅す。
智は是万代の財。
命終れば即ち随つて行く。

玉磨かざれば光無し。
光無きをば石瓦とす。
人学ばざれば智無し。
智無きを愚人とす。

倉の内の財は朽つること有り。
身の内の才は朽つること無し。
千両の金を積むと雖も、
一日の学には如かず。

兄弟常に合はず。
慈悲を兄弟とす。
財物永く存せず。
才智を財物とす。

四大日々に衰へ、
心神夜夜に暗し。
幼き時勤め学ばずんば、
老いて後恨み悔ゆると雖も、
所益有ること無し。

書を読んで倦むこと勿れ。
学文に怠る時勿れ。
眠りを除ひて通夜誦せよ。
飢えを忍んで終日習へ。

師に会ふと雖も学ばずんば、
徒に市人に向ふが如し。
習ひ読むと雖も復さざれば、
只隣の財を計ふるが如し。

君子は智者を愛す。
小人は福人を愛す。
冨貴の家に入ると雖も、
財無き人の為には、
猶霜の下の花の如し。

貧賤の門を出づると雖も、
智有る人の為には、
宛も泥中の蓮の如し。

父母は天地の如く、
師君は日月の如し。
親族は譬えば葦の如し。
夫妻は猶瓦の如し。

父母には朝夕に孝せよ。
師君には昼夜に仕へよ。
友に交はつて諍ふ事なかれ。

己が兄には礼敬を尽くし、
己が弟には愛顧を致せ。

人として智無きは木石に異ならず。
人として孝無きは畜生に異ならず。

三学の友に交はらずんば、
何ぞ七覚の林に遊ばん。
四等の船に乗らずんば、
誰か八苦の海を渡らん。

八正の道は広しと雖も、
十悪の人は往かず。
無為の都は楽しむと雖も、
放逸の輩は遊ばず。

老いを敬ふことは父母の如し。
幼きを愛することは子弟の如し。

我他人を敬へば、
他人亦我を敬ふ。
己人の親を敬へば、
人亦己が親を敬ふ。

己が身を達せんと欲せば、
先づ他人を達せしめよ。

他人の愁いを見ては、
即ち自ら共に患ふべし。
他人の喜びを聞いては、
則ち自ら共に悦ぶべし。

善を見ては速やかに行へ。
悪を見ては忽ち避け。

悪を好む者は禍を招き、
譬えば響きの音に応ずるが如し。
身に影の随ふが如し。

善を修する者は福を蒙る。

冨めりと雖も貧しきを忘る事なかれ。
貴しと雖も賤しきを忘る事なかれ。

習ひ難く忘れ易きは音声の浮才。
学び易く忘れ難きは書筆の博芸。

但し食有れば法有り。
身有れば命有り。

農業を忘れざれ。
学文を廃することなかれ。

末代の学者、
先づ此の書を案ずべし。
是学問の始め、
身終はるまで忘失することなかれ。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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