短期決戦の政局に問われる覚悟と大和心

一月二十三日衆院解散の可能性が取り沙汰され、政局は一気に慌ただしさを増している。与野党ともに超短期決戦を覚悟し、候補者擁立や調整に追われる姿が報じられているが、この光景は単なる政治技術の問題として片づけてよいものではない。宮司は、ここに日本人の精神の在り方そのものが問われていると感じている。
政治とは、本来その時々の人気や風向きに身を委ねるものではなく、国家の骨格を整え、次代へ何を残すかを静かに見定める営みであるはずだ。にもかかわらず、支持率や選挙日程が先行し、準備不足や調整の難しさが語られる状況は、政治が本来備えるべき覚悟の深さを映しているとは言い難い。宮司は、この軽さにこそ日本人が立ち止まって考えるべき問題が潜んでいると考える。
大和心とは、目先の勝敗に一喜一憂する心ではない。困難な局面にあっても、筋を通し、為すべきことを為す覚悟を静かに内に定める心である。神社に伝わる祭祀の歴史を振り返れば、準備に年月を要し、一つひとつの段取りを疎かにしない姿勢が貫かれてきた。急ぎ足で整えたものは長くは持たないという知恵が、そこには息づいている。
今回の報道では、野党から政治空白や物価高への懸念が示され、与党からは高支持率を背景にした解散の合理性が語られている。どの主張にも一理はあろう。しかし宮司が重く受け止めるのは、国の舵取りを担う者が、国民の生活や将来に対してどれほど深く心を寄せているのかという一点である。言葉の巧みさや戦術の巧妙さではなく、背負う覚悟の重さこそが信を問われるべきだ。
選挙は民主主義の要であり、国民が意思を示す大切な機会である。同時に、それは日本人一人ひとりが自らの在り方を映し出す鏡でもある。候補者の準備不足や政党間の混乱を嘆くだけで終わるのではなく、何を基準に人を選び、何を国の軸として望むのかを自らに問い返すことが求められている。宮司は、この問いこそが大和心を研ぎ澄ます砥石になると信じている。
古来、日本人は公の場に立つ者に対して、言葉以上に姿勢を見てきた。苦しい時に逃げず、静かに責任を引き受ける背中にこそ、信頼は宿る。短期決戦であろうと長期戦であろうと、その本質は変わらない。どれだけ時間が限られていようとも、覚悟を定めることから逃げてはならない。
宮司は、今回の政局を通じて、多くの人が政治を遠い世界の出来事として眺めるのではなく、自らの生き方と地続きの問題として受け止めてほしいと願っている。日本の国柄は、為政者だけで成り立つものではない。日々を誠実に生き、静かに国を思う無数の心によって支えられてきた。
この国がこれからも揺るがぬ軸を保ち続けるためには、選ぶ側もまた、軽さから距離を取り、深さを取り戻す必要がある。目先の熱狂よりも、長く続く道を思い描く心を育むこと。その積み重ねが、日本人の精神を研ぎ澄ませ、大和心を次の世代へと手渡していく力になる。宮司は、その歩みを信じ、静かに見守り続けている。
