真秀(まほろば)に宿る不変の魂

日本人に生まれた喜びは、古来より受け継がれてきた「大和言葉」の清らかな響きに触れる瞬間に最も深く刻まれるものである。中でも「まほろば」や「まほらまと」という言葉には、我々の魂が帰るべき理想郷の姿が凝縮されている。「ま」は真に美しい姿を、「ほ」は秀でた卓越性を、「ら」は場所を、そして「まと」は夢や理想という標的を指す。つまり、まほろばとは、真に秀でたものが集う美しい国であり、心が安らぐ平和で豊かな理想郷、すなわち「美し国(うましくに)」に他ならない。宮司は、古事記や日本書紀に記された倭建命(やまとたけるのみこと)の望郷歌に思いを馳せ、幾重にも重なる青垣のような山々に囲まれたこの大和の地こそが、我ら「まほろばの民」の誇りであると確信している。

わが祖国日本の先祖は、常に夢と理想を求め続けてこの「真秀(まほら)の国」を創り上げてきた。この美しい緑の山々と澄み渡る海に囲まれた島国において、日本人が育んできた生き方の真髄は「人を生かす」という一点に集約される。人生とは、字の如く「人を生かす」道である。自分を利する前にまず他者を生かし、他人が得をするように尽くす。この無私の精神こそが、日本人の血脈に流れる「徳」の正体である。宮司は、人が神様の恩恵を授かるためには、自らを無にし、何かを「してあげる」という奢りを捨てて「させてもらう」という感謝の心を持つべきだと説く。他者のために尽くす行為を重ねることで、そこには自然と「功徳」が備わり、魂は光り輝き始めるのである。

日本は「言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国」である。万葉の歌人、山上憶良や柿本人麻呂が詠んだ通り、言葉には霊的な力が宿り、美しい正しい言葉を使うことこそが、人生に幸いをもたらす鍵となる。宮司は、自然界のシステムに自らを合わせ、伝統を守りながら気高い心を持ち続けることの大切さを日々説き続けている。特に「ありがとうございます」という言葉は、神様が最も好まれる言霊であり、これを口にすることは神代からの智慧を現代に蘇らせることと同義である。人様のために祈ることは、巡り巡って己のために祈ることとなり、その優しい思いが閉ざされた人の心をも変えていく力を持つ。

戦後の荒廃した時代から今日に至るまで、国のために命を捧げ、尽くしてきた先人たちの思いを共に生きることは、現代に生きる我々の責務である。精神力とは、神様を信じ、自らの中に神性を見出す心に他ならない。宮司は、志を神様へと向け、大きな夢を抱いて生きることこそが、日本人が再び「真秀の民」として覚醒する道であると強く念じている。人との出会いを愛とし、互いに生かし合う精神を未来へ繋ぐこと。地球という大きな家を守り、自然界の法則に則って生きていくこと。この不変の真理を胸に刻み、大和魂を研ぎ澄まして歩む先にこそ、真に美しい日本の未来が拓かれるのである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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