『素心』のすすめ

色に染まらぬ心を、次の時代へ

世の中は、いつの時代も色とりどりの絵の具に満ちている。成功や評価、利益や肩書きといった色は、人の心に鮮やかな模様を描き出す。一方で、気づかぬうちに本来の生地を覆い隠してしまうこともある。宮司が説く「素心」とは、そうした着色の奥にある、もともとの白布のような心である。染まる前の木綿のように、風を通し、光を受け止め、どの色にもなれる柔らかさを宿した心のかたちである。

人と交わるとき、侠気を帯びよと古人は語った。だが、その侠気もまた、打算や虚勢に塗られては濁ってしまう。根に素心を宿した侠気は、清流の底を流れる水のように澄み、静かに人を潤す。強さとは声の大きさではなく、弱き者の傍らに立つ沈黙の重みである。令和の時代にあっては、速さと効率が尊ばれるが、心の奥に一本の筋を通すことこそが、人を人たらしめる。

人生の出来事は、晴天ばかりではない。順風の帆が破れる日もあれば、暗雲が垂れ込める夜も訪れる。禍と福の境目は、短い視野では見分けがつかない。雨に濡れた土が、やがて豊かな実りを生むように、逆境は人の根を深く張らせる。窮地にあってなお朗らかであることは、無理に笑うことではない。雲の向こうに必ず空があると知る、静かな確信である。

乱れた世ほど、心の余白が求められる。予定で埋め尽くされた暦の中に、ほんの一呼吸の間を設けること。画面から目を離し、紙の匂いを吸い込み、言葉の行間に耳を澄ますこと。書に親しみ、道を学ぶ時間は、心に風を通す縁側のようなものだ。余裕とは贅沢ではなく、折れにくい心を育てるための梁である。

人間関係は、時に棘を含む。世俗の交わりは、利害や立場が絡み、心を擦り切らせることが少なくない。だからこそ、良き師や友との出会いが尊い。素心で結ばれた縁は、荒れた道に敷かれた石畳のように、足元を確かにしてくれる。噂話や軽い断定に心を委ねず、相手の内に宿る光を信じる眼差しを持ちたい。

祖国と同胞への思いは、旗を振るだけで育つものではない。日々の小さな務めの中で、互いに労をねぎらい、困った者に手を差し伸べる。その積み重ねが、見えないところで共同体の骨格を形づくる。川上の一滴がやがて大河となるように、微力は無力ではない。

「何も足さず、何も引かない」生き方は、空っぽになることではない。余計な重りを降ろし、本来の軽やかさを取り戻すことだ。名や利の荷を背負いすぎれば、歩幅は狭まり、視界は曇る。生まれたときのままの心に立ち返るとは、世界を初めて見る子の眼で今日を迎えることに近い。朝の光に手をかざし、雨音に耳を澄ませる。その素朴な感動が、日々を生き抜く力の薪となる。

令和は、不確かさが常態となった時代である。変化の速さは人の心を急き立て、比べる文化は自尊を摩耗させる。だからこそ、素心の価値は増している。染まらぬ心は、硬直ではない。どの色にもなれる柔軟で、どの色にも溺れない節度である。竹が雪を払って元に戻るように、しなやかに受け止め、折れずに立ち続ける力である。

宮司が願うのは、次代を担う人々が、速さの競争から一歩身を引き、深さの旅に踏み出すことだ。強さを誇るより、強さを分かち合う。賢さを見せるより、学びを続ける。心の生地を白く保ちながら、必要な色を自ら選び取る。その姿は、夜の航路を照らす灯台のように、静かに周囲を導く。

素心を胸に抱き、日々を丁寧に積み重ねる。その歩みが、見えないところで国の背骨を支える。岩の間から湧く清水のように、時代の騒音に濁らされず、澄んだ流れを未来へと手渡していく。その連なりこそが、この国が受け継いできた精神の火種であり、次の世代へ灯されるべき灯りである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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