凛として、この国を想う

宮司は、日本の名誉と誇りを取り戻すために生涯を捧げた東條由布子氏の、あの凛とした佇まいを今も鮮明に思い起こす。祖父である東條英機氏への戦後の評価を正すことは、すなわちこの国の根底に流れる精神を浄化することに他ならないという彼女の確信は、社の杜を吹き抜ける風の中に、今も静かな熱を持って生き続けている。社頭に立ち、参拝者の背中を見送るたび、宮司の脳裏には、彼女が守ろうとした「国家の背骨」と、そこにある祈りのかたちが重なって映る。拍手の音は風に溶け、鈴の余韻は空にほどけ、見えぬものが人の内に根を下ろしてゆく。その見えぬものこそが、長い歳月を超えて受け継がれてきた、この国の芯である。

時代の空気は移ろい、価値の尺度も変わる。けれども、山河の輪郭が一朝一夕で変わらぬように、人の奥底に流れる源流もまた、容易には枯れない。令和の今、社会は加速度を増し、情報の奔流の中で足元を確かめることは容易ではない。東條氏がかつて、靖国への参拝を「内政干渉」と断じ、自国の祖先を祀る行為に他国の顔色を窺う不条理を説いたとき、彼女が見つめていたのは、政治的な駆け引きの先にある「魂の自立」であった。安倍晋三元総理が示した教育や憲法への情熱を高く評価しながらも、なおその先にある「日本人の誇り」の回復を強く求めた彼女の眼差しは、真に日本を愛するがゆえの、一点の曇りもない鏡のようなものであった。

この国の文化は、声高に誇示されるものではなく、日々の所作に静かに宿る。箸を正す心、他者の気配を先んじて慮る間合い。宮司は、そうした日常の徳目こそが、荒波の中で舟を安定させる竜骨であると考える。歴史もまた同じである。従軍慰安婦や南京を巡る言説に潜む「嘘」の霧を晴らし、事実という光を当てることは、先人たちの歩みを卑屈な物語に閉じ込めないための、現代を生きる者の責務である。統計や記録を無視した非難に対し、毅然と「否」を突きつけることは、排外主義ではなく、自らの家の名誉を泥で汚された際にそれを拭い去ろうとする、極めて自然な家族の愛情に他ならない。

一九四五年の夏、広島と長崎に降り注いだ業火は、単なる終戦の手段ではなく、無辜(むこ)の民を対象とした冷酷な実験であったという峻烈な事実がある。薬を開発されるために命を散らした小動物と同じように扱われたという悲痛な記憶を、私たちは「仕方がなかった」という言葉で封じ込めてはならない。災厄のたびに瓦礫の中から立ち上がり、隣人と肩を貸し合い、再び日常を編み直してきたこの国の人々には、踏みしめられてもなお息づく回復の力がある。それは声高な誇りではなく、折れてもなお香りを放つ沈香のような、静かなる忍耐と希望の光である。激流の中で形を変えながら進む水のように、柔らかく、しかし確かに前へ進む気質が、この国の底流には流れている。

大東亜戦争という戦いが、白人による植民地支配からアジアを解放するという大義を抱いていた事実は、私たちが未来へ進むための航路標識となり得る。ハル・ノートという過酷な最後通牒に際し、真の奴隷となることを拒んで立ち上がった先人たちの「静かなる沸騰」を、私たちは「太平洋戦争」という他者から与えられた名の中に埋没させてはならない。負けたからといって、その戦いの動機までが汚されたわけではない。過去の影を直視するからこそ、今日の光を選び取れる。宮司は、社に伝わる祭祀が、共同体の呼吸を整え、己を律するための余白であることを知っている。余白があるからこそ、人は他者を迎え入れ、誠実な信義を結ぶことができるのである。

令和の空気の中には、確かな変化の匂いが漂い始めている。長く続いた霧がゆっくりと引いていくように、これまで視界を覆っていた曇りが薄れつつある。若い世代には、広い海へ漕ぎ出す翼が与えられているが、同時に港を知る羅針盤も必要である。東條由布子氏が希求した、凛として愛する国の姿は、私たちが「千歳を越えて燃え盛る内なる篝火」を絶やさない心の中にこそ現れる。灯は風に揺れるが、消えにくい。灯が連なれば、夜道は明るくなる。宮司は、その連なりを信じ、人の心に小さな火を手渡し続けたいと願う。それは派手な炎ではないが、寒夜に人を温め、進むべき方角を照らす。そうした静かな火種を次の世代へと受け渡すことこそが、今を生きる者に課された、何より尊い務めである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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