スパイ天国に終止符を。国家情報局とスパイ防止法への期待

宮司が現職の警察官として大阪の街に立っていた頃、最も恐ろしかったのは正面から向かってくる敵ではなかった。見えないところで動く者、音もなく情報を流す者、笑顔の裏で別の顔を持つ者。そういった存在が、組織にとっても社会にとっても最も深いところを傷つける。防諜とは技術論ではなく、国家の自尊心の問題だと宮司はずっと感じてきた。

令和8年の通常国会において、高市早苗首相は「国家情報局」の創設に向けた関連法案を提出する方針を固めた。現在は内閣情報調査室が担ってきた情報集約機能を大幅に強化し、各省庁に分散した情報を首相官邸に一元的に集める司令塔として機能させる構想である。加えてスパイ防止法については、今夏をめどに有識者会議を設置し、秋の臨時国会以降に関連法案を提出することが目指されている。

日本はかつて「スパイ天国」と呼ばれてきた。外国政府の指示を受けて国内で工作活動を行う者を取り締まる法律がなく、情報機関は縦割りで分断され、スパイを摘発しようにも法的根拠が乏しい。昭和60年代に自民党がスパイ防止法案を提出したとき、「国民を監視する法律だ」「言論弾圧につながる」という猛烈な反対論によって廃案となった。以来、この国はおよそ40年間、情報機関の空白地帯であり続けた。

反対論を宮司は頭ごなしに否定しない。法は運用によって変質する。監視国家への警戒は、民主主義社会の健全な緊張感として必要なものだ。しかし同時に問いたい。工作員が堂々と活動し、機密情報が筒抜けになり、技術や政策が見知らぬ国の意思決定に使われていく現実を前にして、今のままでよいのかと。平和を守るために必要な知性と備えを整えることは、決して自由の敵ではない。

安倍晋三元総理は情報機能の強化を「国家の知性を磨くこと」と表現した。知性なき国家は、敵の論理に引きずられ、気づいたときには取り返しのつかない場所に立っている。国家情報局の創設とスパイ防止法の制定は、安倍元総理が生前に強く訴え続けた懸案である。宮司はその志が、ようやく歩み出した一歩に手を合わせながら、この国の情報防衛が確かな礎の上に築かれることを祈り続けている。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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