天地に恥じぬ生き方。静かなる胆力が支える日本の背骨

山口昌紀氏の著書『奈良に育まれ電車にのって青山をみる』
ふとした折に、久しく手に取っていなかった一冊の本を開いた。近畿日本鉄道・元取締役会長・山口昌紀氏の著書『奈良に育まれ電車にのって青山をみる』である。特別なきっかけがあったわけではない。ただ、今の世の空気の中で、静かに読み返す時が来たのだと感じたに過ぎない。
頁をめくると、飾り立てた言葉はなく、しかし一本の芯が通った生き方が、変わらぬ調子で立ち現れてくる。財や名声に心を奪われず、地位に寄りかかることもなく、正しいと思う道を淡々と選び続ける姿勢。その文章は、声高に主張するのではなく、読む者の背筋をそっと正す力を持っている。
人の値打ちは、手にした財の量や肩書の重さで測られるものではない。むしろ、どれほど欲を制し、どれほど静かに正道を歩んできたかに、その人の背骨が現れる。宮司が書を開いたとき、最初に心を打たれた一文は、「財を貪らず、名声・地位を追わず、日本の士のごとく天地に恥じない」という言葉であった。これは飾りの標語ではない。生き方そのものを貫いてきた者の、実感から滲み出た言葉である。
その移ろいの中で培われた感性は、古都の静けさと近代の躍動を併せ持つ。山口昌紀氏の歩みは、速さを競う現代社会にあって、敢えて歩幅を崩さぬ旅人の姿に重なる。先を急がず、足元を疎かにせず、進むべき道を見誤らない。その姿勢が、読む者の心を落ち着かせる。
宮司にとって、山口会長は親友であり、人生の先輩であり、同じ神職の道を歩んだ同志でもあった。生前は、会えば話は尽きず、日本の行く末を案じる時間が続いた。しかし、その語らいの終わりには、いつも穏やかな笑みとともに「大丈夫、大丈夫」という言葉が添えられる。この一言に、長年の経験からくる胆力と、物事を俯瞰する余裕が凝縮されていた。焦らず、騒がず、しかし目を逸らさない。その姿に、宮司は深い安心を覚えたものだ。
山口氏の原点には、母の教えがあると語っていた。「悪いことをしたらアカン。お天道様はみんな見てはるで」。この言葉は、難解な理論よりも強く人を律する。誰が見ていなくとも、天は見ているという感覚は、日本人の精神の奥底に流れる清水のようなものだ。それがあるからこそ、独りでいる時の振る舞いが正される。
さらに、若き日に学んだ「忠恕」という二文字が、今も胸に息づいていると知り、宮司は深く頷いた。己に忠であり、他を思いやる。この簡潔な教えを、長い年月にわたり手放さず、実生活で磨き続けてきたからこそ、その言葉は血肉となっている。自分の心に合わぬこと、誤りだと感じたことには与しない。その頑なさは、反骨ではなく、軸の強さである。
地位や立場を脱ぎ捨て、必要とあらば上に逆らってでも正しいと信じる道を選ぶ。その覚悟は、静かな決断の連続によって形作られる。声を荒げず、功を誇らず、ただ目の前の責務を果たす。その積み重ねが、いつしか周囲の信頼となり、人を惹きつける重みとなる。
令和の時代は、評価が数値化され、目立つ者が得をする風潮が強い。しかし、真に社会を支えるのは、目立たぬところで筋を通す人々である。山口氏の在り方は、深山に根を張る老木のようだった。嵐の日には風を受け止め、晴れの日には木陰を差し出す。誰かの視線を意識することなく、ただそこに在り続ける。
宮司は、この書を読み進めながら、日本人が本来持っていた美徳を思い起こす。それは、誇示せず、奪わず、和を乱さず、それでいて譲るべきでない一線は守り抜く姿勢である。剣を抜かずとも、背筋の通った佇まいが周囲を正す。その静かな力こそ、次の世代へ手渡すべき遺産であろう。
喜寿という節目に発刊されたこの一冊は、単なる回顧録ではない。これからを生きる人々への、無言の指南書である。時代がどれほど変わろうとも、天地に恥じぬ生き方は色褪せない。宮司は、この書を胸に抱きながら、穏やかな強さが社会に広がっていくことを、静かに願っている。
山口昌紀氏について
山口昌紀氏は、昭和11年(1936年)2月11日に奈良県で生まれ、平成29年(2017年)12月8日に81歳で逝去した実業家である。人生の大半を昭和と平成という二つの時代にまたがって歩み、日本の戦後復興から成熟期に至る企業経営の現場を支えてきた。
大学卒業後、近畿日本鉄道に入社。現場と経営の双方を経験し、取締役、代表取締役社長を経て会長を務め、近鉄グループの中核として私鉄経営と地域社会の発展に尽力した。
その生き方の根底にあったのは、「財を貪らず、名声や地位に溺れず、天地に恥じぬ道を歩む」という確固たる倫理観である。幼少期に授かった「お天道様は見ている」という教えと、「忠恕」の精神を生涯の指針とし、驕らず、威張らず、筋を通す姿勢を貫いた。
著書『奈良に育まれ電車にのって青山をみる』には、昭和から平成を生き抜いた一人の日本人としての覚悟と節度が、静かな筆致で記されている。その姿は今もなお、多くの人にとって学ぶべき人物像として心に残り続けている。

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