人物を磨くという生き方

令和という時代は、情報が溢れ、価値観が分断され、人の評価が一瞬で下される時代である。正しさは声の大きさに左右され、肩書や立場が人間そのものに優先されやすい。だが、このような時代であるからこそ、改めて問われねばならないものがある。それは「人物とは何か」という根源的な問いである。

宮司は若き日、師匠より「人物なるものの内容」を何度も書くよう命じられた。同じ題を繰り返し書き、そのたびにノートに赤い◎が付けられる。その所作は、幼子に戻されたような思いを抱かせるものであったが、繰り返すうちに、そこに込められた深い意図が少しずつ立ち上がってきた。字を整えることは、心を整えることであり、言葉を選ぶことは、自身の在り方を問い直すことに他ならなかった。

ある日、その◎が付けられなくなった。師の逝去という現実を前に、評価されることの意味ではなく、見守られていたことの重みを知ることとなった。人は誰かに認められることで育つのではない。誰かに見られているという緊張の中で、自らを律し、磨き続ける存在である。そのことを、静かに突きつけられたのである。

安岡正篤師父は、「人を離れて、事は無い」と語り、「一国の興亡は、すべて人物の有無による」と繰り返し説かれた。制度や仕組みがいかに整っていても、それを担う人間の質が伴わなければ、社会は必ず歪む。逆に、時代がいかに困難であっても、確かな人物がいれば、道は必ず開かれる。

人物とは、単なる能力の高低や知識の多寡によって決まるものではない。第一に求められるのは、活力と気魄である。性命力が充実し、内側から湧き上がる力を持っているかどうかが、その人の基盤となる。意志が弱く、気力が衰えた状態では、善悪を論じる以前に、何事も成し得ない。森羅万象がエネルギーの働きによって生成変化するように、人もまた、内なる力の充実なくしては存在感を放つことはできない。

次に重要なのは、理想を持つことである。ここで言う理想とは、空虚な夢想ではない。理想とは、その人の生き方を貫く志であり、困難に直面したときに踏みとどまるための精神の柱である。真の元気とは、この志気に裏打ちされたものであり、一時の感情や勢いとは異なる。

さらに、自ら義と利を弁え、見識と胆識を養うことが欠かせない。目先の利益に流されず、何が正しいのかを自分自身に問い続ける力である。これは書物だけで身につくものではなく、日々の選択の積み重ねによって養われる。清廉で正直であることも同様であり、不変の気節を守るとは、環境や風向きが変わっても、自らの基準を失わないことである。

人物は完成された存在ではない。常に練磨を続け、器を広げ、識量を深めていく過程そのものが人物を形づくる。年齢や地位によって成長が止まることはない。むしろ、歳月を重ねるほどに、内面の厚みと落ち着きが求められる。性命を躍動させつつ、薀藉(うんしゃ)と風格を備えることは、一朝一夕に得られるものではない。

現代社会では、即効性や効率が重視される。しかし、人物を育てる道は、遠回りに見えるほど確かな道である。古今の優れた人物に学び、良書に親しみ、学んだことを日々の実生活に照らして確かめていく。その地道な積み重ねこそが、混沌とした時代にあって、日本人の精神性を静かに、しかし確実に支える力となる。

誰も赤い◎を付けてはくれない時代である。だが、自らに問い、自らを磨く姿勢を失わない限り、人は内側から立ち上がることができる。人物を修めるとは、他者に評価されるためではなく、次の時代に恥じない在り方を自分自身に課し続けることである。その厳しさこそが、未来へとつながる静かな力となる。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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