命綱は一本しかない。ホルムズ海峡と、日本の覚悟

令和8年の春、宮司は長野の山里の社で、ラジオが伝える中東の報せに耳を傾けていた。米国とイスラエルによるイラン攻撃。ホルムズ海峡の緊張。この国が輸入する原油の多くが通る、あの細い水路が、再び世界の目を集めていた。
昭和の頃から、日本のエネルギーの命綱がいかに細い糸の上に乗っているか、そのことは宮司の胸に重く刻まれてきた。石油危機の年、昭和48年の秋を宮司は忘れない。ガソリンスタンドには長い列ができ、家庭のトイレットペーパーが棚から消えた。人々は初めて、この国の豊かさがいかに脆い基盤の上に立っているかを知った。それから半世紀が過ぎても、日本の構造的な脆弱性は本質的には変わっていない。
日米首脳会談において、トランプ大統領はホルムズ海峡の航行の自由を確保するための「貢献」を日本に求めた。高市首相はホルムズ海峡の安全確保が非常に重要であるとの認識を示しながら、日本の法律の範囲内でできることとできないことがあることを誠実に説明した。この立ち回りについて、宮司は思うところがある。
外交とは、相手の要求に「はい」か「いいえ」かを即座に答える場ではない。この国の法体系と現実の間で、何ができて何ができないかを誠実に示すこと、それが真の外交であり、武士の礼儀というものだ。しかし同時に宮司は問う。この問いを、法律の問題として処理し続けることでよいのかと。命綱が断ち切られたとき、法律の議論は何の助けにもならない。
宮司が若い世代に伝えたいのは、エネルギーの安全保障とは単なる経済の問題ではないということだ。それは国家の自立の問題であり、国民の生命と生活を守るという、国家の根本的な責任にかかわる問題である。小型モジュール炉(SMR)の建設を含む対米投融資の合意が今回の首脳会談で結ばれたことは、一つの前進である。しかし、エネルギーの自立を本気で目指すには、さらに踏み込んだ覚悟と政策が必要だと宮司は感じている。
中東の空に火が上がるたびに、宮司はこの国の足元を見る。大地に根を張った木は嵐にも倒れない。しかし根が浅ければ、あの美しい日本の山河も、その重さを支えきれなくなるときが来る。それを防ぐことが、今を生きる日本人の責務ではないかと、信州の山里の朝、宮司は静かに考えている。
