静かなる徳。老子三宝が照らす令和の日本

三宝という言葉は、時代がどれほど移り変わろうとも、人が人として生きる根を静かに照らし続けている。老子が語った三宝、すなわち慈、倹、そして敢えて天下の先とならずという教えは、決して古びた思想ではない。むしろ令和の社会にこそ、深く問い直されるべき生き方の指針であると宮司は考える。

現代は、便利さと速度が価値の中心に置かれ、成果や評価が数値で測られる時代である。人は知らず知らずのうちに競争の輪に組み込まれ、前に出ること、目立つこと、勝つことを求められる。その流れの中で、慈しみは弱さと誤解され、倹しさは時代遅れとされ、控える姿勢は消極的と見なされがちである。しかし、その価値観こそが、社会の歪みと人の心の荒れを生んでいるのではないか。

慈とは、単なる優しさではない。相手の立場を思い、命の重みを感じ取り、無用な争いを避けようとする強い心である。慈しみがあるからこそ、人は恐れずに立ち向かう勇気を持つことができる。怒りや憎しみから生まれる強さは長く続かないが、慈から生まれる勇は、静かで折れにくい。

倹とは、節約や我慢だけを意味しない。欲に振り回されず、本当に必要なものを見極める心の姿勢である。あれもこれも求める生き方は、一見豊かに見えて、内側を空洞にしていく。つつましい心を持つからこそ、人は他者に分け与える余白を持ち、社会に温もりを残すことができる。倹は貧しさではなく、精神の豊かさである。

そして、敢えて天下の先とならずという教えは、現代において最も忘れられている徳かもしれない。人の上に立つことを急がず、功を誇らず、他を押しのけない。先に立たぬからこそ、人は全体を見渡す位置に立つことができ、自然と信頼を集める。競わず、争わず、それでいて流されない姿勢こそが、真に大きな器を育てる。

宮司は、今の世が混迷を深めている根に、人がこの三宝を手放したことがあると見る。慈を忘れ、倹を軽んじ、省みる心を失い、ただ利益と効率だけを追い求めてきた結果、社会は便利になったが、人の心は疲弊した。政治においても、組織においても、我を前に出す者ほど声が大きくなり、静かに支える人の存在が見えにくくなっている。

本来、日本人は和を尊び、控えめでありながら芯の強さを持つ民族であった。自然と共に生き、足るを知り、譲り合う中で社会を保ってきた。その精神は大和心と呼ばれ、言葉にせずとも日々の振る舞いの中で受け継がれてきた。三宝の教えは、この大和心と深く通じ合っている。

令和という新しい時代に生きる今こそ、外に答えを求めるのではなく、内にある徳を磨くことが求められている。慈を胸に抱き、倹を身に備え、先に立とうとしない生き方を選ぶ人が増えるならば、社会は静かに立て直されていく。派手さはなくとも、確かな道である。

宮司は、人が人を踏み台にして前に出る世の在り方に、未来はないと断じる。他を生かし、全体を支え、己を律する者こそが、結果として人に推され、敬われ、重きを担う立場へと至る。それは求めて得るものではなく、徳の積み重ねの先に自然と開ける道である。

三宝は教えではなく、生き方そのものだと言える。令和の混乱の中にあっても、この古くて新しい指針を胸に、日本人一人ひとりが精神を磨き、大和心を次の世代へ手渡していくこと。その積み重ねこそが、真に健やかな国の姿を形づくると、宮司は信じている。

老子の三宝とは

老子は、人が真に大きく生きるための要として三つの宝を示した。
第一は「慈」。他を思いやり、命を尊び、争いを遠ざける心である。慈があるからこそ、人は恐れに支配されず、静かな勇を持つことができる。
第二は「倹」。欲に溺れず、足るを知り、無駄を慎む姿勢である。倹しさは貧しさではなく、心の余白を生み、他を生かす力となる。
第三は「敢えて天下の先とならず」。功を誇らず、我を前に出さず、人を押しのけない生き方である。先に立たぬ者こそ全体を見渡し、自然と人に推され、大きな器へと育っていく。

この三宝は、競争や効率が優先されがちな時代にあって、人の在り方を根本から正す道標である。慈を忘れ、倹を失い、先を争えば、社会も人の心も衰えていく。三宝を守り続けることは、古の知恵をなぞることではない。今を生きる日本人が精神を磨き、大和心を次代へつなぐための、生きた実践なのである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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