神勅に息づく日本の心

宮司は、神職として最も大切にすべきものを問われれば、ためらうことなくこう答える。「万世一系の天皇を守ること」「三種の神器を守ること」「三大神勅を守ること」である。この三つは単なる宗教的象徴ではなく、日本という国家の魂を形づくる柱であり、わが国が古より今日まで連綿と続いてきた理由そのものといってよい。

三大神勅とは、天照大神が天孫邇邇芸命に授けた三つの御教えであり、それは天壌無窮・宝鏡奉斎・斎庭稲穂の神勅である。天照大神は豊葦原の瑞穂の国を「吾が子孫の治むべき地」と定め、天地のある限り皇統が絶えぬよう誓われた。この「天壌無窮の神勅」は、天皇の位が一系にして続くことを神が定めた誓いであり、同時に日本国の永遠の繁栄を願う神の御心である。皇統の連続は単なる歴史的偶然ではなく、天地の理に沿う神命であるという信念がここに息づいている。

宝鏡奉斎の神勅では、天照大神が「この鏡を視ること、すなわち吾を視るがごとくせよ」と語られた。鏡は天照大神の御魂の象徴であり、神と人とをつなぐ媒介である。天皇はこの鏡を斎きまつり、祖先の神を常に拝し続けることで、神と人との和を保ち続けてこられた。ここに、天皇が「祭祀の長」としての責任を担う意味がある。天皇が神を敬い、国民の安寧を祈ることで、日本民族全体が祖先と神々の恩頼に包まれ、霊的な秩序の中に生き続けることができるのである。

斎庭稲穂の神勅では、天照大神が高天原の稲穂を邇邇芸命に授けられた。これは単なる農耕の始まりを意味するのではない。稲穂とは生命そのものであり、神が人に与えた最初の恵みである。日本人が稲を尊び、米を「いただく」と言うのは、食物の根源に神の恩が宿ることを知っているからである。新嘗祭や大嘗祭において天皇が自ら稲を育て、神に捧げ、国民の幸福を祈る行為は、まさにこの神勅の実践であり、古代から続く神と人との契約の更新である。

この三大神勅は、天照大神の御心を地上に具現化するものであり、日本国の存在意義そのものである。天皇はその神勅を受け継ぐ者として、単なる政治的存在ではなく、神と人とを結ぶ「祭祀王」としての使命を負う。ゆえに、皇室の祈りは権威の象徴ではなく、国民のための実践であり、神々への感謝である。元日から大晦日まで、皇居では数多の祭儀が途切れることなく営まれている。それは国民の安寧と五穀豊穣、国家の安泰を祈るものであり、千年以上にわたり一日も絶えたことがない。この祈りの連続こそが、日本の平和と繁栄を支えてきた根源の力である。

伊勢の大神宮においても、毎日欠かさず祭儀が行われている。天照大神を祀る伊勢神宮と、天照大神の御孫である天皇の宮中祭祀とは、まさに天と地をつなぐ二つの柱である。全国の神社がその形を模し、地域の人々が感謝と祈りを捧げてきたのは、この聖なる連環を自らの生活に取り入れるためであった。神職の務めとは、その精神の継承であり、神話と歴史を現在に生かす橋渡しである。

宮司は思う。日本は単なる国家ではなく、神々の御心が具現した「神ながらの国」である。天皇が神と国民の間に立ち、祈りを絶やさぬことによって、国家は浄化され、民は和を保ち、文化は花開いてきた。この精神を忘れたとき、日本は日本でなくなる。ゆえに、神職はまず「祈りの意味」を学び、伝えねばならない。祈りとは願望ではなく、神々との契約の再確認であり、祖先との絆を新たにする聖なる行為である。

日本の歴史を貫く精神とは、「感謝」「敬神」「崇祖」の三つである。これらはすべて三大神勅に根ざしている。天皇が祈り、国民がそれを支え、祖先が見守る。この循環が絶えぬ限り、日本は必ず甦る。たとえどのような困難があっても、神の国の魂は消えることがない。

宮司は確信している。日本の強さは軍事でも経済でもなく、祈りの継続にある。三種の神器は形ある証であり、三大神勅は永遠の律法である。それを支え続けてきたのは、神職の使命感と国民の信仰心である。今こそ、この国の原点に立ち返り、神勅に示された道を再び歩む時である。日本は天照大神の御光の下にあり、万世一系の天皇とともに、永遠に輝き続ける国である。

■ 神勅とは

「勅(ちょく)」とは、本来「天子(天皇)の命令」を意味します。しかし「神勅」とは、「神(かみ)の命令」、すなわち天照大神(あまてらすおおみかみ)など高天原の神々が、天皇の祖先に与えた神の意志を伝える言葉です。このため、神勅は「天の意思=神意」とされ、日本という国の存在そのものを支える精神的な根幹とみなされてきました。


■ 三大神勅(さんだいしんちょく)

日本書紀の「天孫降臨(てんそんこうりん)」の段に記される、天照大神が天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けた三つの神勅が、神道で最も重んじられる「三大神勅」です。これは日本の国家理念・天皇の使命・国民の生き方を示す三本の柱とされています。


一、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅

「この豊葦原の瑞穂の国は、我が子孫の治むべき国である。
よろしく行きて治めよ。宝祚(天皇の位)は天と地のある限り尽きることがないであろう。」

【意味】
天照大神が、天孫の子孫(すなわち天皇)に対して「この国を永久に治めなさい」と命じられたものです。これにより、日本の皇統(こうとう=天皇の血筋)は永遠に続くことが神の意思として定められたとされます。この神勅が、万世一系の天皇の理念の根拠となっています。


二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅

「我が子よ、この鏡を見なさい。
それは私を見るのと同じである。
共に床を同じくし、殿を共にして、斎(いつ)きまつる鏡としなさい。」

【意味】
天照大神が、御魂を象徴する鏡(八咫鏡・やたのかがみ)を授け、「この鏡を私だと思って、常に祀りなさい」と命じた神勅です。これにより、神を敬い、祖先を崇める祭祀(さいし)の精神が日本人の信仰の中心となりました。天皇が祭祀を司る「祭祀王」である理由もここにあります。


三、斎庭稲穂(ゆにわのいなほ)の神勅

「私の高天原で育てた稲の穂を、私の子に授けよう。」

【意味】
天照大神が稲の種を授け、「これを地上で植え、食として人々を養いなさい」と命じた神勅です。稲は神聖な命の象徴であり、稲作は日本人の生活と祈りの中心となりました。新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(だいじょうさい)は、この神勅を継承する重要な祭りです。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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