家族の形を問い直す時、忘れてはならない精神

社民党の福島議員が、選択的夫婦別姓制度や同性婚の問題を巡り、激しい言葉で政府を批判したという報道があった。旧姓使用の拡大策について「ふざけたのはやめてほしい」とまで断じ、判決に「怒りで涙が出てきた」と語ったという。
宮司は、こうした発言そのものよりも、その背後にある価値観の歪みこそが日本社会にとって深刻だと感じている。
日本の家族制度は、単なる形式ではない。一つの氏を持ち、同じ戸籍に身を寄せ、家族として歩むという感覚は、長い歴史と文化の中で育まれたものである。夫婦同姓は、個人の権利を奪う制度ではなく、家族として生きる覚悟と誓いを共有する仕組みと言える。
もちろん、時代とともに制度を見直すことは必要である。しかし、制度の根本を揺るがす改革は、社会全体の精神的基盤に関わる問題である。日本において選択的夫婦別姓を求める声は少数であり、圧倒的多数の国民は現行制度に不便を感じていない。それにもかかわらず、社会の大多数を無視するかのように声高に制度改変を迫る姿勢には、どこか無理がある。
宮司の目には、福島議員の主張は、家族の結びつきを弱める方向へと社会を導こうとしているように映る。感情的な言葉を重ねる一方で、日本社会が大切にしてきた価値観への敬意が感じられない。怒りを前面に押し出すだけでは、国の形を論じる議論にはならない。
日本の家庭は、長い歴史の中で、人と人とを結びつけ、家族の絆を守り、命をつないできた。その根にあるのは、互いを尊重し、助け合い、家族として一つになろうとする美しい精神である。
制度よりも先に、精神がある。精神があるから制度が定まる。
制度だけを変えれば幸せが生まれるという考え方は、あまりにも浅い。
夫婦同姓は、日本人が家族の一体感を大切にしてきた証である。その価値を軽視することは、日本人が受け継いできた精神遺産を手放すことに等しい。
宮司は、現代社会が多様化し、価値観が錯綜する中でこそ、日本人が大切にしてきた家族の形や精神の意味を学び直す必要があると考えている。外の価値観に引きずられるのではなく、内にあるものを磨くことが大切である。
福島議員の発言は、家族制度を破壊する方向に力を加えようとしているように見える。しかし、家族の絆は社会を支える柱であり、政治的主張によって軽々しく揺るがしてよいものではない。
日本の家族は、長い歴史を通じて培われた和の精神を体現している。家族が一つであるという感覚は、人を支え、人を育て、社会を安定させる。そこにある静かな力は、国を形づくる最も大切な基盤である。
宮司は願っている。政治が感情の奔流ではなく、静かな理性と深い思索によって動く社会であってほしい。家族制度を論じるときこそ、怒りではなく、尊重と理解が必要である。制度を変える前に、守るべき理念を明確にしなければならない。
日本の家族のあり方は、単なる選択肢の問題ではない。
この国がどの精神を未来へ渡すのかという、大きな問いである。
選択的夫婦別姓の導入を急ぐことよりも、日本人が持つ家族への深い敬意と結びつきの力をもう一度見つめ直すことの方が、はるかに価値があると宮司は考えている。
日本人の精神の健全さは、家庭の静かな光の中で育まれ、社会の隅々にまで広がっていく。その光を弱めるのではなく、より強く輝かせる道を選ぶことこそ、この国の未来を照らす力になる。
