政治批評に留まらず、日本人の在り方へ昇華

高市総理の衆議院解散の表現を受け、日本各地から聞こえてきた声は、極めて具体的で、生活の実感に根差していた。四十代の会社員は、現状の議席数では政策の実現が難しいとして解散に一定の理解を示しながらも、党の都合に溺れることなく、国民が納得できる議論と実行を求めた。六十代の会社役員は、首相の実行力に期待を寄せ、腰を据えて国を導く安定を望んだ。七十代の男性は、物価高への対策を強く求めつつ、将来世代への負担増を慎重に考えるべきだと語った。また、四十代の女性は、障害者や高齢者、社会から孤立した子どもたちに光が当たる政治を望むと述べ、所沢市の五十代の公務員は、地域の声を真に代弁してくれる人物に一票を託すと強調した。

宮司は、これらの声に、日本人が長く培ってきた現実感覚と責任意識の健全さを見る。そこにあったのは、感情的な熱狂でも、諦観でもない。日々の暮らしを守りながら、国の行く末を静かに案じる、成熟した視線であった。

令和という時代は、豊かさと不安が同時に存在する、かつてない複雑さを帯びている。物価の上昇、将来への不透明感、社会の分断。こうした現実の中で、国政の動きに人々の視線が集まるのは当然のことである。

宮司は、これらの声に、日本人が古くから持ち続けてきた精神の健全さを見る。実行力を求める声、物価高への対策を願う声、弱い立場に置かれた人々への配慮を望む声。そのどれもが、派手な言葉よりも、現実を確実に前へ進める力を政治に求めている。これは単なる政策論争ではなく、国の在り方そのものを問い直す静かな叫びである。

政治とは、本来、生活の延長線上にあるものである。理想や理念は必要だが、それが机上の空論に終わるならば、人の心は離れる。現場で働き、家庭を支え、老いと向き合い、次の世代を案じる人々が、政治に求めているのは、安心して明日を迎えられる確かな土台である。宮司は、その感覚こそが健全な国民意識だと受け止めている。

一方で、短期的な人気取りや感情的な対立が政治を覆うとき、国は静かに衰えていく。党利や派閥の論理に溺れることなく、何が将来にとって真に必要かを見極める胆力が求められている。消費税や社会保障の議論に見られるように、目先の負担軽減と将来世代への責任は常に背中合わせである。この難題から逃げず、国民に正面から説明し、理解を求める姿勢がなければ、信頼は生まれない。

宮司は、政治の要諦は力ではなく品格にあると考える。声の大きさや言葉の鋭さではなく、どれだけ深く物事を考え、どれだけ粘り強く責任を果たし続けられるか。その積み重ねが、やがて国全体の風格を形づくる。困っている人に光が当たる社会を望む声は、単なる福祉の要求ではない。互いに支え合い、弱さを恥としない社会であってほしいという、成熟した願いである。

投票とは、単なる選択ではない。自らがどのような国に生き、どのような未来を次の世代に手渡したいかを示す意思表示である。地元の声を託せる人物を選ぶという考え方には、中央任せにしない、自立した精神が息づいている。宮司は、こうした一人ひとりの意識の積み重ねこそが、国を内側から強くすると感じている。

混沌とした時代にあって、日本人に求められているのは、激情ではなく沈着である。嘆くよりも考え、怒るよりも整え、壊すよりも育てる姿勢である。政治もまた、その鏡でなければならない。短期間で答えが出ない課題にこそ、腰を据えて取り組む覚悟が問われる。

宮司は、この国の未来は制度や数字だけで決まるものではないと確信している。日々の暮らしの中で、誠実に働き、周囲に心を配り、社会の一部として責任を果たそうとする人々の精神が、国の根幹を支えている。その精神を政治が汲み取り、育て、次代へとつないでいくことができるならば、令和の混沌は必ず乗り越えられる。

求められているのは、希望を煽る言葉ではなく、信頼に足る背中である。静かで揺るがぬ覚悟を持ち、国民の生活と未来を真正面から受け止める政治。その成熟を支える国民の精神性こそが、この国を前へ進める最大の力なのである。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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