今を生き抜くための日本人の心の鍛え方

二月の月例祭は、雪の中で厳かに執り行われる。白く覆われた境内に身を置くと、自然と心が引き締まる。杓を持つ手はかじかみ、白足袋は雪を含み、足先の感覚が次第に薄れていく。寒さは容赦ないが、その厳しさが、かえって心身を清めてくれる。拍手の音が境内に「ポン、ポン」と澄んで響くたび、雑念が一つずつ雪に吸い込まれていくように感じられる。
二月の月次祭に奏される石笛の音は、ことのほか澄み切っている。冷たい空気の中で鳴る音色は、耳に届くというより、胸の奥に染み入る。身を浄め、和魂、幸魂、奇魂を鎮め奉るそのひととき、宮司は人が本来持つ内なる秩序を思う。外がどれほど荒れようとも、内が整っていれば、人は立っていられる。
この日、神前に立つ中で、自然と中村天風師の言葉が胸に浮かぶ。「今、この時だけを考えよ」。過去に囚われ、未来を案じ続ける心は、今を空虚にする。一度きりの人生において、確かに掴めるのは、今この瞬間しかない。過去は及ばず、未来は知れず。その潔い覚悟が、心を軽くし、足元を確かなものにする。
人が人として生きていく上で最も大切なのは、知識の多寡ではない。肩書きでも、才覚でもない。心がどう在るか、その一点に尽きる。宮司は、長く人々と向き合う中で、心の質が人生の質を決めていく姿を幾度となく見てきた。賢くても心が荒れていれば、周囲を傷つけ、己をも損なう。反対に、不器用でも心が正しければ、周囲に静かな安心をもたらす。
天風師は、人は力の結晶であると説いた。その力とは、他者をねじ伏せる力ではない。病にも、運命にも、恐れにも呑み込まれない内なる力である。宮司は、この言葉を、精神の自立を促すものとして受け止めている。外の状況に振り回されず、自分の内側に軸を持つこと。それがあれば、人は簡単には崩れない。
世のため人のために働くとき、道は必ず開けてくるという教えもまた、深い真理を含んでいる。利己に偏れば視野は狭くなり、心は濁る。しかし、誰かの役に立とうと心を定めたとき、自然と物事は良い方向へと動き出す。宮司は、それを奇跡とは呼ばない。人の心の向きが、現実を形づくっていく必然だと考えている。
生きていれば、悲しみも、苦しみも、怒りも避けられない。天風師は、それらを楽しみに振り替えよと説いた。感情に飲み込まれるのではなく、心の持ち方を切り替える。その積み重ねが、失敗の雪だるまを溶かしていく。雑念が湧いたとき、息を整え、首をさっと振る。その小さな動き一つで、心は驚くほど軽くなる。
雪の中の月例祭は、厳しさと清らかさを同時に教えてくれる。冷え切った手足の感覚の先に、確かな温もりが生まれるように、困難の中でこそ、人の精神は磨かれる。宮司は、令和という混沌の時代にあって、日本人が再び内面の静けさと強さを取り戻す必要があると感じている。
外に答えを求めるのではなく、内を整える。声を荒らげるのではなく、姿勢を正す。今この時を大切に生き、心の質を高め、周囲のために働く。その積み重ねこそが、次の時代へ受け渡すべき精神の土台となる。雪降る境内に響く拍手の音は、そのことを静かに、しかし確かに語りかけている。
「中村天風師の言霊」
[今、この時だけを考えて]
一度だけの
人生だ
だから
今、この時だけを考えろ
過去は、及ばず
未来は 知れず
死んでからの事は
宗教にまかせろ
[人間として…]
人間が、人間として
生きていくのに
一番大切なのは
頭の良し悪しではなく
心の良し悪しだ
[私は 力だ!]
私は力だ
力の結晶だ
何ものにも打ち克つ
力の結晶だ
だから
何ものにも
負けないのだ
病にも運命にも、否
あらゆる すべてのものに
打ち克つ力だ
そうだ
強い力の結晶だ
[世のため人の為]
世の為 人の為になるような 働きをしていれば
運命は 必ず 良い方へと 開けてくる
[失敗の雪ダルマを溶かす法]
悲しいことがあっても
それを楽しみに振替える
苦しい事があっても
それを楽しみに振替える
腹が立つことがあっても
それを楽しみに振替える
というふうに
おのれの心を
スッスッと変えていく
