母は待っている。拉致問題と、我が国が問われているもの

宮司には、忘れられない顔がある。横田早紀江さんの顔である。宮司は奈良県の救う会の会長職を預かっていたこともあり、早紀江さんには幾度もお逢いしている。その眼差しの奥にある痛みと、それでもなお希望を手放さない強さは、宮司の胸に深く刻まれてきた。早紀江さんは今年で90歳を迎えられる。政府が認定した拉致被害者の中で、まだ存命の親御さんは、早紀江さんただ一人となってしまった。
令和8年3月の日米首脳会談において、高市早苗首相はトランプ大統領に対し、金正恩朝鮮労働党総書記と直接会う強い意志を伝えたと明かした。首相はその場でトランプ大統領から即時解決に向けた全面的な支持を得たとも述べた。宮司はその報せを聞き、胸の底が少し動いた。
安倍晋三元総理は、拉致問題を解決することを自らの政治的使命の中核に置いた指導者であった。総理就任以前から、拉致被害者家族会と共に声を上げ、国民の関心を喚起し続けた。拉致という野蛮な犯罪行為を国家として認め、国民にその重大さを伝えたのは、まさに安倍先生の執念あってのことだった。しかし安倍晋三元総理もまた、その問題を解決できないまま凶弾に倒れた。その無念は、どれほど深いものだったか。
宮司が今の状況を見て感じるのは、時間が容赦なく流れているという事実である。横田早紀江さんが待ち続けた47年という歳月の重さを、宮司は思う。その47年の間に、何人もの親御さんが我が子と再会できないまま逝った。その方々の無念を誰が語るのか。国家とは何のためにあるのか。国民を守れない国家は、国家の名に値しない。
高市首相が「私の代でなんとしても突破口を開く」と述べた言葉を、宮司は重く受け取っている。言葉は言葉であり、現実の外交は言葉通りに運ばない。北朝鮮は今、中東情勢を受けた米国の軍事行動への恐怖から、外交交渉を停滞させているとも伝えられる。しかし宮司は、だからこそ諦めてはならないと思う。扉が閉じているからこそ、開くための準備を怠らないこと。それが国家の、そして指導者の責任である。
日本人が拉致されたという事実は、この国の主権が侵害されたという事実である。それを放置することは、この国の尊厳を自ら踏みにじることに等しい。宮司は神社に参拝に来られる方々に、折に触れてこの問題の重さを伝えてきた。一人一人の国民が忘れないこと、それが政治を動かす力の源泉である。早紀江さんが生きておられるうちに、答えが出ることを、宮司は日々祈り続けている
