大阪5区へ、杉田水脈に託してほしい

来る二月八日の衆議院議員選挙。大阪五区の行方は、単なる一選挙区の勝敗ではない。国の背骨を形づくる一本の梁が、今まさに試される局面だと宮司は見る。時代は便利さと速度に覆われ、声の大きさが正義を装う風が吹く。だが、国を支えるのは流行の旗ではない。地中深くに張り巡らされた根の力、嵐の夜にも倒れぬ幹の粘り、世代を越えて受け継がれる火種のぬくもりだ。

杉田水脈候補の歩みは、逆風の中で踏み固められた道の足跡だ。拍手に包まれる日もあれば、冷たい雨に打たれる日もある。それでも歩みを止めず、言葉を引っ込めず、矢面に立つ覚悟の連続だ。公の場で交わされる真っ直ぐな眼差し、支援者と手を取り合いながら語られる決意、先人の志を胸に刻み直す姿。映像に映るその一瞬一瞬は、時代の喧噪に埋もれがちな「責任の重さ」を可視化する証左だ。

宮司は長野の地に在り、投票箱に一票を投じることは叶わない。だからこそ、声を届ける。大阪五区に暮らす一人ひとりへ、選択の重みを託す。票は紙片にあらず。祈りを折り畳んだ小舟、荒海を渡らせる櫂の一掻きだ。今日の一掻きが、明日の航路を定める。静かな一票が、遠くの山に連なる稜線を形づくる。

国の進路は、短距離走ではない。峠を越え、沢を渡り、幾度も道を選び直す長い行軍だ。途中で荷を下ろしたくなる夜もある。だが、灯を掲げ続ける者がいれば、隊は迷わない。杉田候補の姿勢は、その灯の役割を果たす。言うべきことを言い、護るべきものを護る。その姿は、曇天の下でなお消えぬ篝火のようだ。

令和の時代に必要なのは、声の鋭さよりも背骨のしなやかさだ。激流に抗う剛直さと、岩を回り込む柔らかさの両立。数値や効率の外に置かれた価値への感度。見えないものを畏れ、見えるものを慈しむ態度。これらは書棚の言葉ではなく、日々の選択に宿る習いだ。政治もまた、生活の延長線に置かれる実践の場である。

大阪五区の有権者へ。投票所へ向かう足取りは、家路へ戻る道とは違う。そこには、次の世代へ渡す橋桁を一本架ける意味がある。波止場に立つ者が櫂を差し出すとき、沖の船は進む。どうか櫂を差し出してほしい。杉田水脈候補へと、未来への力を託してほしい。

この国は、幾度も荒天を越えてきた。折れぬ若木が林となり、踏みしめられた土が道となった。今日の選択が、明日の林を育てる。静かな決意の積み重ねが、国の呼吸を整える。宮司の願いは一つ。大阪五区の一票一票が、見えぬ水脈に清水を注ぎ、やがて大河となって流れ出すこと。祈りを伴う選択こそ、時代を照らす確かな灯だ。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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