笑顔は神の御心。笑い神事に学ぶ、日本人の生き方

日本には古来より「笑い神事」という祭祀の形がある。威儀を正した神前の場で、神官が声高らかに笑い声を発し、その笑いをもって場の穢れを祓い、神の喜びを呼び込む。現代人の目にはおかしげに映るかもしれぬが、宮司はこの神事の奥に、日本人の精神の本質を見出す。笑顔とは単なる表情ではなく、天地の気を和らげ、人と人、人と神との間を結びなおす、霊的な所作なのだ。

古神道の世界では、和・清・明・直の四魂が魂の根本とされる。そのなかでも「和」は、すべての調和の根幹をなすものだ。笑顔は、その「和」を外側に現したかたちである。笑う者の周囲には温かな気が満ち、澱んでいた空気が動き出し、重苦しかった場が明るく開いていく。これは単なる感情の伝染ではない。宮司は、笑顔が発する霊的な振動が、目に見えぬ世界に波紋を広げる現象だと捉えている。

昨今の世は、真顔と沈黙が賢明さの証しであるかのように語られる。笑顔を見せることを軽率と見なし、重厚な表情を知性の印とする風潮が蔓延している。だが宮司は、この傾向に強い危惧を覚える。笑顔を失った社会は、神が喜ばぬ社会だ。古来「笑う門には福来る」という言葉が言い伝えられてきたのは、笑顔が福を引き寄せる霊験ある所作であることを、日本の先人が体で知っていたからに他ならない。

笑顔は、意志の力で生み出すことができる。悲しい時にも、苦しい時にも、口角をわずかに持ち上げ、目の奥に温かみを宿らせる。これを一日に何度も繰り返すうちに、内側から本物の明るさが芽吹いてくる。宮司は、これを「心の禊」と呼ぶ。笑顔という所作を通じて、胸に溜まった澱を洗い流し、天の気を招き入れる。小さな実践だが、積み重ねることで、人の魂は確かに変わっていく。

令和の時代を生きる日本人よ、まず笑顔を取り戻せ。神社の境内に一歩踏み入れ、手を清め、笑顔で神に向かう。その一瞬に宿る清々しさが、やがて日々の暮らし全体を照らし始める。笑顔の国、日本。その本来の姿を次世代へと手渡していくことが、今を生きる我々の役目だ。天は笑顔の者に、惜しみなく恵みを注ぎ続ける。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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