人は何か問題に直面すると、どうしても目の前のことだけに心を奪われる。今すぐ答えを出さねばならない。早く結論を決めなければならない。そう焦るあまり、物事の本当の姿を見失ってしまうことがある。
宮司は、人生において大切なのは、ただ早く決断することではないと思っている。どれほど素早い決断であっても、見ている範囲が狭く、考えが浅ければ、かえって大きな過ちを招く。人間に必要なのは、目先の損得を超えて物事を見る眼である。
昭和を代表する東洋思想家に、安岡正篤という人物がいる。歴代の政治家や財界人に大きな影響を与え、人間学や東洋思想を通して、国家を担う者の心構えを説き続けた人物である。その安岡正篤が示した教えに、「思考の三原則」がある。第一は、目先にとらわれず、できるだけ長い目で見ること。第二は、物事の一面だけを見ず、できるだけ多面的に、そして全面的に見ること。第三は、枝葉末節に迷わされず、根本から考えることである。
この三つは、政治や経営に携わる者だけの教えではない。家庭を守る者にも、仕事に励む者にも、若者を導く者にも必要な人生の知恵である。
まず、長い目で見ることだ。
人は、今の苦しみが永遠に続くように感じることがある。仕事に失敗した。人間関係が崩れた。努力しても結果が出ない。そのとき、目の前の苦しみだけを見れば、すべてが終わったように思える。しかし、十年後、二十年後の自分から振り返れば、その苦しみが人生を鍛える大切な節目であったと気づくことがある。
宮司も、人生にはすぐに答えの出ないことが多いと考えている。種を蒔いた翌日に、花が咲くことはない。土の中では何も起きていないように見えても、種は静かに根を伸ばしている。人の努力も同じだ。今日の苦労が今日報われなくても、その積み重ねが将来の自分を支える。
目先の利益だけを追えば、大切な信用を失う。今だけ楽をしようとすれば、後になって大きな代償を払う。反対に、今は苦しくても、正しい道を黙々と歩けば、やがて揺るがぬ力となる。長い目で見るとは、未来の自分に恥じない選択をすることである。
次に、物事を多面的に見ることだ。
人は、自分が見たいものだけを見ようとする。自分に都合のよい話だけを信じ、反対の意見には耳を閉ざす。しかし、世の中の多くの問題は、一つの方向から見ただけでは本当の姿が分からない。
山は、東から見た姿と西から見た姿が違う。麓から見上げる山と、頂から見下ろす景色も違う。どちらか一方だけが真実なのではない。それぞれが、山の一つの姿を見ているのである。
宮司は、人を判断するときにも同じことが言えると思う。ある一度の失敗だけを見て、その人のすべてを否定してはならない。反対に、表面上の立派な言葉だけを聞いて、その人を無条件に信じてもならない。言葉だけでなく、日頃の振る舞いを見る。自分への態度だけでなく、弱い立場の人への接し方を見る。順境のときだけでなく、逆境のときに何をするかを見る。多くの面から見てこそ、その人の本質が少しずつ明らかになる。
国の政治も同じだ。一つの政策を考えるとき、目先の人気だけを求めてはならない。一部の人だけが得をして、後の世代に大きな負担を残していないか。経済だけでなく、教育、文化、治安、国防、家族の暮らしにどのような影響を及ぼすのか。指導者には、国全体を見渡す広い眼が求められる。
そして三つ目は、根本的に考えることだ。
問題が起きたとき、多くの人は表面だけを直そうとする。葉が枯れれば、枯れた葉だけを切り取る。しかし、根が腐っていれば、いくら葉を切っても、また同じことが起きる。必要なのは、なぜ枯れたのかを根元まで掘り下げることだ。
宮司は、枝葉末節にとらわれるなという教えを重く受け止めている。枝葉末節とは、物事の中心ではない細かな部分のことである。小さな言葉尻をとらえて争い、本当に考えるべき問題を忘れてしまう。形式ばかりを整え、そこに込める心を失ってしまう。そうしたことは、今の社会にもあまりに多い。
教育の根本は、点数だけを上げることではない。人として正しく生きる力を育てることだ。政治の根本は、権力を得ることではない。国と国民を守ることだ。信仰の根本も、形だけの作法ではない。神仏を敬い、祖先に感謝し、自らの心を正すことにある。
根本を見失えば、どれほど立派な制度をつくっても魂が入らない。言葉だけは美しくても、実際の働きが伴わない。物事の根本とは何か。その問いを持ち続けることが、人間を迷いから救うのである。
長い目で見る。多面的に見る。根本から考える。
この三つは、別々の教えではない。長い目を持たなければ、目先の出来事に振り回される。多面的に見なければ、独りよがりになる。根本を考えなければ、表面だけの対策に終わる。三つがそろって初めて、物事を正しく判断する力となる。
現代は、情報があまりにも速く流れる時代だ。人々は、深く考える前に反応し、確かめる前に言葉を発する。短い言葉や刺激の強い情報ばかりが広がり、静かに考える時間が失われつつある。
だからこそ宮司は、立ち止まることの大切さを伝えたい。すぐに怒らない。すぐに決めつけない。すぐに絶望しない。一歩下がり、時間を広げ、見る方向を変え、根本を問い直す。その静かな思索の中に、正しい答えが見えてくる。
大きな人物とは、声の大きな人ではない。遠い未来を見通し、異なる立場にも目を配り、物事の根本を見失わない人である。
目先にとらわれず、長い目で見ること。
一面だけにとらわれず、広く全体を見ること。
枝葉に迷わされず、根本から考えること。
この三原則を心に刻むならば、人生の迷いは少なくなり、判断は深くなる。世の中がどれほど騒がしくとも、自らの立つべき場所を見失わずに済む。
宮司は思う。正しい思考とは、知識を多く持つことだけではない。遠くを見渡す眼、全体を受け止める心、そして根本を求め続ける覚悟なのである。