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日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

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皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

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日本茶・海苔

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江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

君子は和して同ぜず。神道・儒教・仏教に学ぶ日本人の和

『論語』子路篇に、今の時代にこそ胸に刻みたい言葉がある。

「君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず」

君子は、人と調和しても、むやみに同調はしない。小人は、人に合わせているように見えても、心からの調和には至らないという教えである。

短い言葉である。しかし宮司は、この「和」と「同」の違いに、人間関係だけでなく、日本という国のあり方を考える大切な鍵があると思う。

「和」と「同」は、似ているようで、まったく違う。

和とは、自己の主体性を保ちながら、他者と協調することである。自分の考えを持つ。相手の考えにも耳を傾ける。違いを認め、それでも共に歩む道を探す。それが和である。

同とは、己の考えを手放し、ただ周囲に合わせることである。嫌われたくない。争いたくない。責任を負いたくない。そのために、正しいと思うことまで曲げてしまう。それは協調ではない。迎合である。

和には、芯がある。

同には、芯がない。

和は、違いを生かす。

同は、違いを消そうとする。

宮司は思う。本当の和とは、皆が同じ色に染まることではない。異なる色が、それぞれの美しさを失わず、一つの調べを生むことである。

味噌汁も、味噌だけでは味噌汁にならない。水があり、出汁があり、具があり、それぞれが持ち味を保ちながら一つになる。音楽も、一つの音だけでは豊かな響きにならない。高い音があり、低い音があり、異なる音が互いを生かして調和をつくる。

人も同じである。

家族の中でも、意見は違う。職場でも、地域でも、国でも、考えは違う。その違いを敵意へ変えるのではない。かといって、波風を恐れて黙り込むのでもない。誠をもって語る。礼をもって聴く。譲るべきところは譲り、守るべきところは守る。

これが、君子の和である。

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後世の神道書『先代旧事本紀大成経』には、神道・儒教・仏教の関係を説く一節がある。聖徳太子の言葉として伝えられてきたが、今日では同書そのものが近世に成立した書物と見られている。ゆえに、太子の直言と断定することは慎まねばならない。

しかし、そこに示された三つの道を排斥せず、それぞれの働きを見ようとする姿勢には、深く学ぶべきものがある。

神道は道の根本であり、天地と共に起こって、人の始めの道を説く。儒教は道の枝葉であり、人々と共に起こって、人の中ほどの道を説く。仏道は道の花実であり、人の知恵が熟した後に起こって、人の終わりの道を説く。そして、いたずらに一つを好み、一つを憎むのは私情であるという。

根がある。

枝葉がある。

花が咲き、実を結ぶ。

根だけで木は育たない。枝葉だけでも立つことはできない。花実だけが突然生まれることもない。それぞれの役割は異なる。だが、異なるからこそ、一つの命を支えることができる。

神道は、天地自然と祖先への感謝を教える。人は自分一人の力で生きているのではない。山川草木の恵みを受け、父母から命をいただき、祖先から国と文化を受け継いで生きている。その根源へ頭を垂れる道である。

儒教は、人と人との間にある道を教える。父母を敬う。年長者を敬う。友を信じる。言葉を慎む。約束を守る。己を修め、家庭を整え、社会に責任を持つ。日々の暮らしの中で徳を実践する道である。

仏教は、生老病死の苦しみと向き合い、執着を離れ、慈悲を育てる道を説く。人は必ず老い、病み、別れ、命を終える。その逃れられぬ真実を見つめながら、他者の痛みに寄り添い、心の安らぎを求める道である。

どれか一つを褒めるために、ほかを憎む必要はない。

神道を大切にすることは、儒教や仏教を侮ることではない。儒教を学ぶことは、神々への感謝を失うことではない。仏教に手を合わせることは、日本人としての根を捨てることではない。

根は根として深く張る。枝葉は枝葉として風を受ける。花実は花実として命を次へつなぐ。それぞれが己の役割を果たす時、木は豊かに茂るのである。

ここにも「和して同ぜず」の精神がある。

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日本人は古来、異なるものを直ちに排斥せず、自らの国柄の中で受け止め、生かしてきた。神社の祭りを守り、寺で先祖を供養し、儒教の言葉に生き方を学ぶ。そこには矛盾ではなく、違いを抱きながら調和を生む知恵があった。

もちろん、すべてを無分別に混ぜればよいということではない。和とは、境目をなくすことではない。それぞれの由来と教えを正しく知り、敬意を払い、そのうえで共に生きる道を見いだすことである。

今の社会には、「同」が増えてはいないか。

周囲の顔色をうかがう。多数の意見に流される。SNSで多くの人が責めていれば、自分も責める。流行していれば正しいと思い、批判されれば間違いだと思う。自分で確かめず、自分で考えず、自分の言葉で語らない。

それでは、心からの和は生まれない。

表面では笑っていても、内側には不満が残る。皆が同じことを言っていても、誰も責任を取らない。異なる意見を恐れる社会は、静かに見えて、実は脆いのである。

宮司は、若者に伝えたい。

自分の考えを持て。

だが、独り善がりになるな。

人の言葉を聴け。

だが、ただ流されるな。

正しいと思うことを、礼を失わずに語れ。間違いに気づいたなら、意地を張らずに改めよ。自分と違う相手の中にも、学ぶべきものを見いだせ。

それが主体性である。それが寛容である。それが和である。

家庭でも今日からできる。相手の話を最後まで聴く。意見が違っても人格を否定しない。挨拶をする。感謝を言葉にする。過ちを詫びる。守るべき約束は守る。小さな実践の積み重ねが、家庭の和をつくり、地域の和をつくり、国の和をつくる。

神前に立つ時、人は皆、肩書も評判も離れて、一つの命として頭を垂れる。そこでは、自分だけが正しいという慢心も、周囲に流される弱さも、静かに照らし出される。

自分を失わず、他者を排さない。

違いを恐れず、争いを求めない。

根を守り、枝葉を茂らせ、花実を次の世代へ手渡す。

宮司は今日も神前に祈る。令和の日本人が、迎合を和と取り違えず、自らの心に一本の芯を持つことを。神道・儒教・仏教、それぞれの道に敬意を払い、私情による好き嫌いを超えて、共に生きる知恵を取り戻すことを。

君子は和して同ぜず。

違うからこそ、互いを生かすことができる。

その強く、温かな和こそ、日本人が次の世代へ伝えるべき心なのである。

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日本製・越前和紙の御朱印帳

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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