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日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

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皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

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日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

米一粒に神が宿る。新米の季節に思う、食卓と感謝の国柄

新米の季節になると、宮司は食卓の白いご飯を前に、しばし手を合わせる心になる。

炊きたての米の香り。湯気の中に立ちのぼる甘み。茶碗に盛られた白い一粒一粒。あまりにも日常の光景であるが、そこには日本人の命の記憶がある。

米は、ただの食べ物ではない。

米は、日本人の暮らしを支えてきた命の柱である。

神道の祭りには、米がある。新嘗祭には、天皇陛下が新穀を神々にお供えになり、自らも召し上がられる。そこにあるのは、収穫への感謝であり、民の命を支える天地への祈りである。

日本人は日々、何気なく「いただきます」と言う。だが、その言葉の重さをどれほど知っているだろうか。いただくとは、命をいただくことである。米もまた、天地の働きと人の労苦によって育まれた命である。

春に田を起こし、水を入れ、苗を植える。夏の暑さの中で草を取り、水を見守り、台風に怯え、病害を防ぐ。秋になって稲穂が垂れるまで、どれほどの手間と祈りが注がれているか。米一粒の背後には、農家の汗がある。家族の働きがある。土地を守ってきた先人たちの努力がある。

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令和8年産の新潟県産コシヒカリ5kg。もちぶたの堆肥ともみ殻の有機質肥料で育て、注文後に精米して生産農場から届けられる。米一粒の背後にある働きを思いながら、炊きたての香りと甘みをいただきたい。

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だから昔の日本人は、米を粗末にしなかった。茶碗に米粒を残さないようにした。こぼした米を拾った。食べ物を捨てることを恥じた。それは貧しかったからだけではない。米に命を見ていたからである。

現代の暮らしは、便利になった。いつでも店に食べ物が並び、米も簡単に買える。だが、簡単に手に入るものほど、人は感謝を忘れやすい。感謝を忘れた時、豊かさは人を育てるどころか、心を荒くしてしまう。

宮司は、米一粒を軽んじる国に、真の繁栄はないと思う。食卓で命への感謝を失った人間が、社会で人の労苦を尊ぶことは難しい。食べ物を平気で捨てる心は、やがて言葉を捨て、礼を捨て、約束を捨てる。乱れは大きな場所から始まるのではない。茶碗の中の一粒を粗末にするところから、静かに始まるのである。

宮司は思う。

食卓が荒れると、家庭が荒れる。

家庭が荒れると、国の根が弱る。

食卓とは、腹を満たす場所だけではない。家族が同じ命をいただき、同じ時間を分かち合い、父母祖先への感謝を学ぶ場所である。子供は食卓で、箸の持ち方を学ぶ。いただきますを学ぶ。ごちそうさまを学ぶ。米粒を残さない心を学ぶ。

それは、小さな礼である。

しかし、その小さな礼が人間をつくる。

米を粗末にしない子は、命を粗末にしにくい。食べ物に感謝できる子は、人の働きにも感謝できる。食卓で礼を学んだ子は、社会に出てもどこかに慎みを持つ。

日本の教育を語る時、人は大きな制度ばかりを見る。だが、教育の根は食卓にもある。毎日の食事をどういただくか。父母がどのように感謝を伝えるか。そこに、国柄は静かに宿るのである。

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農業を守ることもまた、国を守ることである。米を外国から買えばよい、安ければよい、効率がよければよいというだけでは、日本の根は守れない。田んぼは食料生産の場であると同時に、水を蓄え、風景を守り、祭りを支え、地域のつながりを保ってきた場所である。

田んぼが消える時、日本の風景だけでなく、日本人の感謝の形も失われていく。

田に水が張られ、青い苗が風に揺れ、秋に黄金の穂が垂れる。その風景を守ることは、単なる景観保存ではない。日本人が天地に頭を下げて生きてきた記憶を守ることである。米は胃を満たすだけではない。国の魂を支えるのである。

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もちろん、農業には現実の厳しさがある。高齢化、後継者不足、価格の問題、気候の変化。農家の努力だけに頼っていてはならない。政治も国民も、食を支える人々にもっと敬意を払うべきである。

食べる者は、作る者を忘れてはならない。

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米を大切にする心は、いざという時に家族の食を守ることにも通じる。アルファー食品の「安心米」は国産米100%で、白飯だけでなく、わかめご飯や複数食のセットから家庭に必要な量を選べる。日常、旅行、アウトドア、非常時を分けず、日頃から食べ慣れた米を備えたい家庭の選択肢となる。

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都市に住む者は、田を守る者を軽んじてはならない。

米をいただく者は、天地の恵みに頭を下げねばならない。

新米の季節に、宮司は改めて思う。日本人の再生は、難しい理屈だけから始まるのではない。茶碗の米を残さないこと。食前に手を合わせること。作ってくれた人に感謝すること。子供に米一粒の尊さを伝えること。そうした日々の行いから始まる。

米一粒に神が宿る。

これは、ただの比喩ではない。天地の恵みを畏れ、人の働きを尊び、命をいただくことに感謝する日本人の感覚である。この感覚を失えば、どれほど物が豊かでも、心は貧しくなる。

新米をいただく時、日本人は祖先から続く祈りの食卓に座っている。

そのことを忘れず、今日の一膳を大切にしたい。

宮司は、食卓こそ家庭の神前であると思うことがある。そこに米があり、箸があり、父母があり、子供があり、「いただきます」の声がある。豪華な料理でなくてよい。質素な一膳であっても、感謝をもっていただくならば、その食卓には清らかな秩序が宿る。

反対に、感謝のない食卓は寂しい。食べ物を粗末にし、作った人を忘れ、命をいただく畏れを失えば、家庭の中心は少しずつ空洞になる。宮司は、日本の再生を語るなら、まず食卓を見よと言いたい。茶碗の米粒を残さぬ心に、国を守る感覚の芽がある。

食卓を正すことは、家庭を正すことである。

家庭を正すことは、日本の根を正すことである。

今日の一膳を、粗末にしない。そこから家庭の礼が戻り、子供たちの心に感謝の根が下りていくのである。

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日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

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国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

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皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

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日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

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日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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