常若と中今に生きる日本人の魂

常若(とこわか)と中今(なかいま)という言葉は、日常ではあまり耳にしないかもしれない。しかし、神道の世界ではとても大切な考え方であり、日本人の精神を支える柱でもある。宮司はこの二つの言葉を深く大切にしている。
常若(とこわか)とは「常に若々しくある」という意味を持つ。単に年齢的な若さではなく、生命力や心の瑞々しさを指す。古い殻を脱ぎ捨てて新しい自分に生まれ変わる、海老が脱皮を繰り返して成長するように、人間も過去のしがらみや穢れを捨て去り、新しい心で今日を迎えることが大切とされる。伊勢神宮が二十年に一度、社殿を建て替えるのも、この常若の精神に基づく。古いものを捨て、新しい姿を保つことで、神々の力をいつまでも若々しく宿らせるのである。禊(みそぎ)の行為もまた、過去を洗い清めて、心身を新しくする実践であり、常若の理念が息づいている。
中今(なかいま)は「今この瞬間に生きる」という意味を持つ。過去はすでに終わり、未来はどうなるか誰にも分からない。だからこそ、今を真剣に、喜びをもって生きることが大切なのだという思想である。「念」という字が「今の心」と書かれるのは象徴的である。宮司は、今という時間に心を集中することが、人生を最も豊かにすると考える。過去の後悔に心を奪われず、未来の不安にとらわれず、目の前の一瞬に誠を尽くすとき、人は最も生き生きとし、魂は澄み渡る。
常若は心を若々しく保つ力であり、中今はその若さを生かす場である。この二つは切り離せない関係にある。常に心を新しくし、今に誠実に生きる。その積み重ねこそが、人生を清らかで充実したものにしていく。
宇宙の広がりから見れば、人の命はほんの小さな塵にすぎない。けれども、その小さな命であっても、常若の心で生き、中今の精神で今を大切にすれば、美しい花を咲かせることができる。宮司は、常若と中今の言霊を胸に刻み、一瞬一瞬を丁寧に、感謝と喜びをもって生きることが、日本人としての魂を養う道であると信じている。
