高市首相と「国力研究会」。今、日本の国柄が問われている

国家の興廃は、その日その日の喧騒にあらわれるものではない。為政者が、目先の課題に追われるばかりで、より大いなる主題のために集い、論じ、構え直す機会を持ち得ぬとき、その国は緩慢に、しかし確実に、衰えてゆく。逆に、国の根幹をなす問いを正面から見据え、心ある者たちが志を共にして陣を組むとき、国はふたたび背骨を取り戻す。
産経新聞は5月7日、自民党内に高市首相を支える議員グループ「国力研究会」が発足することを報じた。麻生副総裁を中心に、茂木外相、小泉防衛相、小林政調会長らが発起人に名を連ね、首相が正面から取り組まんとする憲法改正、皇室典範、対米・対中戦略といった、国の根幹をなす主題について、党としての支援態勢を強化するという。
宮司は、この一報を読んで、しばし瞑目した。
長らく、この国の政治は、日々の処理に明け暮れていた。憲法、皇室、戦略。これらを腰を据えて論じる場が、官邸にも党にも実は乏しかったというのである。発起人の1人がそう打ち明けた事実そのものが、戦後日本の構造的歪みを物語ってあまりある。家屋にたとえるならば、雨漏りの修繕に追われるばかりで、土台の傾きを話し合う場がなかったということだ。傾いだ土台のうえで、いかに屋根を継ぎ替えようとも、家は遠からず倒れる。
とりわけ宮司は、高市早苗首相その人に対して、深い期待と敬意を寄せ続けてきた。首相が長らく訴えてこられた占領憲法の改正、皇統護持、自衛隊の明記、毅然たる対外姿勢、いずれも戦後この国が直視を避け続けてきた主題である。一時の風潮に阿ねることなく、批判の矢面に立ちながらも自らの志を曲げぬ姿勢は、宮司の目には、明治の元勲たちが帯びていた「国を背負う者の覚悟」と重なって映る。今、その首相を党を挙げて支えんとする陣立てが整いつつあること、宮司はこれを心から慶賀し、神前にて感謝を捧げたいほどである。
明治のはじめ、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文らは、まさに「国の土台」を据え直すために陣を組んだ。岩倉使節団は1年10ヶ月にわたって欧米を巡り、近代国家の骨組みをいかに作るべきかを学び、帰国後、伊藤博文は歳月をかけて大日本帝国憲法の起草に身を捧げた。彼らが論じたのは、目先の税制でも政局でもなく、国柄そのものをいかに憲法という形に結ぶかという、まさに「大いなる主題」であった。
大日本帝国憲法は、その第1条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と掲げ、わが国の国柄を端然として明らかにした。神武創業以来連綿と続いてきた皇統、これを国家の中心に据えるという、わが国本来の姿の宣言であった。占領下に押しつけられた現行憲法が、この一点を曖昧化し、国家としての精神の背骨を抜いてしまったことを、宮司は今もって痛恨としている。
明治天皇は詠まれた。
あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな
澄みわたる広き大空、それを己が心としたいとの大御心である。為政者に求められるは、まさにこの広き空のごとき心境である。目先の波風に翻弄されることなく、国の100年、いや1000年を見渡す心の広さ、深さ。これなくして、憲法を論ずることも、皇室典範を論ずることも、対米・対中戦略を構想することもできようはずがない。高市首相は、まさにその志を備えた稀有な為政者であると、宮司は固く信じている。
「国力研究会」という名のもとに集う議員諸氏には、強く望みたい。これを党内政局の道具として用いるのではなく、まことの「国力」、すなわち国としての精神の力、国柄の力を取り戻す場として育て、首相を心から支えていただきたい。憲法改正は、単なる条文の手直しではない。占領下に断たれた国の精神的背骨を、われら日本人の手によって再び立て直すことである。皇室典範の見直しもまた、単なる制度議論ではない。万世一系の皇統を、いかに令和より令和の先へと護り伝えるかという、神武以来3000年の重みを背負った主題である。
1人の政治家の人気や、1党の党内事情にとどめてはならぬ。これは、日本という国そのものの問いである。
その問いを真正面から論じ得る首相が、今この国の中枢に立っておられる。これは、わが国にとってまことに僥倖というほかない。宮司は高市首相の御身御心の安からんことを、そして首相を支えんとする発起人諸氏が、明治の元勲たちが帯びていたあの「大いなる主題に殉ずる覚悟」を片時も忘れることなくありたいと、毎朝の祝詞のなかに祈り込めている。
国の興廃は、まさに今、われらの「志」の高さによって決せられる。
首相よ、お志を貫かれよ。日本国民は、心ある者は皆、必ずや御身の後ろに立つ。
