国柄を支える三本の柱。皇統・国旗・憲法に思ふ

家屋というものは、屋根だけでは立たぬ。柱がなければ瓦は地に落ちる。国もまた同じことである。目に見える法律や制度の奥に、それを支える幾本かの柱が立っている。柱がしっかりと立つ間は、屋根の歪みも目立たぬ。だが柱の一本が朽ち始めると、外からは分からぬまま、屋根全体が傾いてゆくのである。
宮司は、いまの日本という家屋を支える柱が、三本あると考えている。皇統、国旗、そして憲法である。この三本は、別々の議論として論じてはならぬ。それぞれが他の二本に支えられ、また他の二本を支えている。一本でも倒れれば、残りの二本もやがて立ちゆかぬ。
まず皇統である。神武天皇以来の万世一系という血脈は、世界のどの国にも類を見ぬ我が国独自の精神の幹である。天皇は政治を司る者ではなく、国民の安寧を祈り、五穀の豊穣を願い、災いの祓いを執り行う祭祀の主であらせられる。新嘗祭、大嘗祭、四方拝。陛下が日々お務めになる祈りの中に、二千数百年の祈りの蓄積が宿っている。この祈りの糸が細るとき、日本という国はただの統治機構へと姿を変えてゆく。
いま、その糸の継ぎ手が細くなりつつある。皇族方の数が減り、皇位の安定継承が危ぶまれて久しい。旧宮家の男系男子を養子として迎える案も、ようやく与野党の議論の俎上に上ってきた。これは党派の利害で論ずる事柄ではない。誰が国柄の根幹を守るのかという、国民全員に課された宿題である。
次に国旗である。日章旗の中央に描かれた赤き丸は、東の海から昇る日輪、すなわち天照大神の御神威の象徴である。一枚の布ではない。祖先が拝し、戦地で抱きしめ、復興の現場で高々と掲げてきた、千万の祈りが染み込んだ旗である。諸外国では、自国旗を毀損する行為を法をもって厳に戒めている。フランスにも、ドイツにも、米国にも、それぞれの仕方でそれはある。我が国は、この点において、いまだ備えが薄い。
旗を尊ぶことは軍国主義ではない。父祖の祈りを尊ぶことである。
国旗を踏みつけ、燃やし、引き裂く行為が、表現の自由の名のもとに看過されてきたこと。これは戦後の歪みの最も静かな、しかし最も深い表れの一つである。それを区別できなくなったとき、国民は自分自身の根を忘れる。根を忘れた木は、いかに枝葉を茂らせても、嵐の一陣で倒れる。
そして憲法である。一国の憲法は、本来、その国民が自らの歴史と国柄を見つめ直して書き上げるべき自叙伝のごときものである。明治の元勲たちは、欧米の憲法を学びつつ、我が国の伝統に根ざした憲法を自らの手で起草した。伊藤博文、井上毅、金子堅太郎。彼らは数年がかりで条文を練り上げ、皇室典範と憲法を一対の柱として立てたのである。
ところが現行憲法は、占領下、他国の手によってわずか数日で草案されたものを基としている。八十年近く、我々はこれを一字一句変えぬまま受け継いできた。世界に類を見ぬこの不自然を、宮司は静かに憂う。台湾の海では緊張が高まり、北の海では有事の影が濃くなっている。にもかかわらず、自国を守るための骨格すら、自らの手で書き直せずにいる。憲法を改めることは過去を否定することではない。むしろ、明治以来の自主の精神を取り戻す作業である。
明治天皇は、こう詠まれた。
目に見えぬ神の心に通ふこそ人の心のまことなりけれ
条文の文字、布の図柄、血脈の系図。これらはすべて目に見える形である。だがその奥には、目に見えぬまことが流れている。皇統の奥には祈りが、国旗の奥には敬意が、憲法の奥には自主と誇りがある。形だけを論じて奥にあるまことを忘れる者に、この国は守れぬ。
宮司は願う。三本の柱を、別々の議論として消費するのではなく、ひとつの大きな国柄として結び直す手を、国民一人一人が差し出してほしい、と。柱が立ち直れば、屋根は自ずと整う。どの一本も、誰か他人が守ってくれるものではない。
