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罪は憎んで人は憎まず。昭和の警察官が刻んだ、令和への慈悲

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宮司は、神職になる以前、長く警察官として現場に立ち続けた。銃を手に、凶悪犯と対峙した日々もあれば、留置場に捕らわれた者たちと、じかに向き合った日々もある。令和の世を生きる若者たちに、その中の、ある静かな記憶を語り伝えたい。

留置場には、任侠道の組員や、右翼団体の者たちも、しばしば捕らわれていた。世間は、その職業だけを見て「悪い奴」と決めつける。だが宮司は思う。暴力団も右翼も、人の子である。母がおり、父がおり、悲しい時には涙を流す、一人の人間なのである。

お盆になれば、誰しも故郷の墓へ帰り、手を合わせたいと願う。しかし、留置されている身では、それすら叶わない。母の墓前に、線香一本すら手向けられぬまま、盆を過ごす者が、少なからずいたのである。

宮司は、その姿を見過ごせなかった。留置人から、そっと墓の場所を聞き出し、私費を投じて、代わりに墓参りをして回った。警察官としての職務でも、命じられた仕事でもない。誰に知られるでもない、宮司ひとりの行いであった。

炎天下、蝉の声が響く墓地を、休みの日に一人で歩いた。見知らぬ母の墓に線香を上げるたび、宮司の胸には、複雑な思いが去来した。悪事を重ねた息子であっても、母にとってはかけがえのない我が子なのだ。その情だけは、誰にも裁けないと思った。

墓前に立ち、線香を上げ、手を合わせる。留置されている息子のことを、遠く母は案じているであろう。その母の思いと、息子の詫びる思いとを、宮司はただ、静かに取り次いだのである。

罪は憎んでも、人は憎まない。宮司の胸には、常にその一心があった。これは世間一般の物差しというより、あくまで宮司個人の信念である。とりわけ任侠道に生きた者たちには、義理を通し、筋を曲げぬという独自の掟があった。その掟に殉じて生きる姿だけは、一人の人間として、神様も分け隔てなく見ておられるのではないか。そう信じていたからこそ、できたことである。

司法の場では、暴力団や右翼というだけで、必要以上に厳しく裁かれることも少なくない。それを「法の下の平等ではない」と感じていた。裁くべきは罪であって、人そのものではないからである。

宮司は、清水次郎長も、国定忠治も、高倉健の演じた任侠の男たちも、若い頃からずっと好きであった。彼らが体現していたのは、弱きを助け、義理を通し、たとえ罰せられようとも、己の筋を曲げぬ生き方である。それは、警察官として守るべき法とは、また別の次元で、宮司の心を打ち続けた。

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法と情とは、時に相容れないことがある。それでも、法を執行する立場にありながら、情を忘れずにいられたことこそが、宮司にとって何よりの誇りである。

留置場で世話になったという者は、後年、宮司にこう語った。「暴力団や右翼だと差別せずに、人間として扱ってくださいました」。宮司が警察を退職し、宮司になったと知って、懐かしさに吉野まで訪ねて来た者もいた。「何かお手伝いすることはありませんか」と、掃除でも何でもすると申し出てくれたのである。

あれから、三十年、四十年の歳月が流れた。それでも、当時の縁は今も続いている。かつての留置人たちが、東京、三重、大阪、兵庫、岡山、九州から、はるばる神社を訪ねてくださる。例祭では、国旗掲揚を手伝い、祭典開始の太鼓を叩いてくれる者もいる。その統率の取れた姿には、いつも驚かされる。

宮司は思う。人を変えるのは、正論や説教だけではない。誰も見ていない場所で、誰かがそっと差し伸べた手のぬくもりこそが、人の心を動かすのである。

令和の今、失敗した者、道を踏み外した者に対して、世の中はいよいよ厳しくなっていると聞く。一度の過ちで、行き場を失い、居場所を失う若者も少なくない。

SNSの上では、見知らぬ誰かの失敗を、顔も見えぬまま袋叩きにする光景を、日々目にする。正しさを振りかざし、断罪することは、誰にでもできる。だが、それだけでは、人は立ち直れないのである。

罪は憎んでも、人は憎まない。この昭和の刑事が貫いた心構えは、令和を生きる若者たちにも、そっと手渡したい心構えである。友の過ちを、あなたはどう見るだろうか。後輩の失敗を、あなたはどう受け止めるだろうか。切り捨てるのはたやすい。だが、そばに立ち続けることの方が、はるかに尊いのである。

大きなことをする必要はない。困っている人に、そっと寄り添う。過ちを犯した人を、頭ごなしに責めない。誰も見ていない場所で、そっと手を差し伸べる。そうした小さな慈悲の積み重ねこそが、昭和の魂を令和に受け継ぐということである。

もし今、過ちを抱えてうつむいている方がいたら。あなたは、決して一人ではありません。

今も神前で祈るとき、あの留置場の母たちの墓前を思い出す。人を裁く力よりも、人を赦し、寄り添う力の方が、はるかに大きな力であることを、宮司はあの日々に教えられた。

令和を生きる若い皆さん。あなたのそばにも、きっと誰にも言えぬ過ちを抱えて、うつむいている人がいるはずだ。どうか、その人を切り捨てないでほしい。宮司は、神前に立つたびに祈っている。罪を憎んで人を憎まぬ、その慈悲の炎が、令和の若者たちへと、確かに受け渡されてゆくことを。

皆さまのやさしさが、誰かの立ち直る力となりますように。宮司も、心からお祈りしております。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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