MENU
PR

日本への思いを、暮らしと参詣に

日の丸、ブルーリボン、二つの神社への参詣旅をご案内します。商品と宿泊予約のリンクには広告を含みます。

PR|日本国旗

日本製の日の丸

祝日に日の丸を掲げ、祖国への感謝を暮らしの中で形にする。70×105cm、左側上下に取付用の紐を備えた日本製の国旗をご案内します。

Amazonで国旗を見る

暮らしの品を、楽天ROOMでも

運営者ThroughSkyが紹介する暮らしの品を楽天ROOMにまとめています。商品ごとの紹介をご覧いただけます。

ThroughSkyの楽天ROOMを見る

古事記伝、三十五年の道。本居宣長に学ぶ、学びの終わらぬ理由

PR|この記事には商品・宿泊予約の広告リンクを含みます。

『古事記』は、千三百年前に記されてから、常に同じ意味で読まれてきたわけではない。

古典と聞くと、答えがすでに定まった書物だと、多くの人は思い込んでいる。開けば正解が書いてあり、読めばそれで理解が完結する。宮司は、この理解こそが、古典を遠ざける最大の誤解だと思う。

実際には、書物は残っても、その読み方や言葉の解釈は、時代とともに移り変わってきた。写本が幾度も書き写される過程で、字句には揺れが生じる。音の読み方一つをとっても、確定しているわけではない。神々の名、地名、動詞の活用、そのひとつひとつが、後世の学者による註釈と考証を経て、ようやく今日の読みに至っている。

宝暦十三年、伊勢松坂の一夜がある。若き医師、本居宣長は、当代随一の国学者・賀茂真淵と、ただ一度だけ相まみえた。旅の途中の真淵を宿に訪ね、夜を徹して語り合ったと伝えられる。この一夜、真淵は宣長に、『古事記』の研究を志すよう説いた。ただし、真淵自身は、すでに老いていた。「私の目の黒いうちには、とても成らぬであろう。だが、気長く、一歩ずつ、暗くなってから道を照らす提灯のように、少しずつ進んでゆきなさい」。この言葉を、宣長は生涯忘れなかった。

その夜から三十五年である。宣長は、松坂の一室で、医業のかたわら、来る日も来る日も『古事記』と向き合い続けた。当時の『古事記』は、すでに漢意に染まり、原文がどのように読まれていたのか、誰にも分からなくなっていた。手がかりは、乱れた写本と、断片的な注釈のみである。宣長は、一字一句を疑い、比較し、時に一つの文字の読みを定めるためだけに、幾年もを費やした。『古事記伝』全四十四巻が完成したのは、寛政十年、宣長六十九歳のときである。真淵との一夜から、実に三十五年の歳月が流れていた。

宮司は、ここに深く胸を打たれる。三十五年という歳月は、人の一生のうちの、最も脂の乗った時期のほとんどすべてである。その全てを、一冊の古典に注ぎ込んだ人間がいた。損得ではない。名声でもない。ただ、先人が遺した言葉を、正しく次代へ手渡したいという、ひとすじの志だけが、その歳月を支えたのである。

宣長は、こう詠んだ。

しき嶋の 大和心を 人問はば
朝日ににほふ 山ざくら花

利害や理屈で説明できるものではない。ただ、朝日に照り映える山桜のように、おのずと匂い立つもの。それが大和心であると、宣長は詠んだ。宮司は、この一首に、宣長が三十五年をかけて掘り起こした国の心の姿を見る。理屈で武装する前に、まず美しいものを美しいと感じる心。それこそが、宣長が『古事記』の奥底から救い出そうとした、日本人の原点であった。

今、私たちが当たり前のように読んでいる『古事記』の神名や文章は、原文があり、写本があり、註釈があり、江戸期の研究があり、近代以降の研究が積み重なった、その果てに立っている。一つの文字の奥に、幾世代もの学者の労苦と、燃えるような志が眠っているのである。

古典を、昔の答えが書いてある本だと思ってしまうと、幾人もの先人が命を削るようにして守り、手渡してきた営みそのものが、見えにくくなってしまう。宣長以後も、『古事記』の研究は止まらなかった。近代の国学者、そして今日の研究者たちも、同じ一文を前に、なお新しい光を当て続けている。同じ文章を読んでも、時代が進めば見え方が変わる。これこそが、古典が古典であり続ける理由である。

この姿勢は、現代の学びにも通じる。今の世は、答えを早く手に入れることばかりが急がれる。検索すれば、すぐに何かが出てくる。だが、その手軽さの中で、私たちは、一つの言葉と長く向き合うという営みを、少しずつ失ってはいないだろうか。三十五年をかけて一書と向き合った人間がいたことを、宮司は、今の時代にこそ、強く伝えたい。

宮司は、ここに大きな示唆を見る。学びとは、正解を受け取ることではない。一つの言葉、一つの教えと、生涯をかけて向き合い続けることである。宣長が『古事記伝』に注いだ三十五年は、まさにその姿を体現している。

日々の生活の中でも、同じことが言えよう。親の教え、師の言葉、先人の生き方、そうしたものを、若い頃に一度理解したからといって、そこで学びが終わるわけではない。同じ教えでも、年齢を重ね、経験を積むごとに、見え方は変わっていく。かつて聞き流していた一言が、ある日突然、重みを持って迫ってくることがある。それもまた、学びが終わらないということの証しである。

宣長は、松坂の一夜に受け取った小さな灯を、三十五年かけて、一つの巨大な光へと育て上げた。その光は、今もなお、私たちの手元を照らしている。今度は、私たちがその灯を受け取り、次の世代へ手渡す番である。

今こそ、古典と静かに向き合う時間を、日々のどこかに取り戻してみたい。一冊の書を、生涯をかけて読み続けるという構えを、若い世代へも伝えていきたい。

難しい本でなくても構いません。心に残る一行を、何度も読み返す。それも立派な学びです。

宮司は、神前に手を合わせるたびに、先人が積み重ねてきた学びの労苦と、その志の熱に、深く思いを致す。そして、この国の言葉と歴史が、これからも問い直され、次の世代へと手渡されていくことを、静かに祈るのである。

皆さまの学びの道が、生涯を通じて、豊かに続いてゆきますように。宮司も、心からお祈りしております。

目次

古事記と本居宣長を、もう一歩深く読む

この記事を読み、古典と向き合う一歩を踏み出したい方へ、テーマに沿う三冊を選んだ。まずは、今の自分の問いに近い一冊から手に取っていただきたい。

PR|まず物語をつかむ

『現代語古事記 第二版』は、神々の物語と日本の成り立ちを、流れを失わず読み進めたい方に向く現代語版である。

『現代語古事記 第二版』をAmazonで見る

PR|本文の言葉に触れる

倉野憲司校注の岩波文庫『古事記』は、宣長が生涯をかけて向き合った言葉を、自ら確かめながら読みたい方にふさわしい。

岩波文庫『古事記』をAmazonで見る

PR|学ぶ姿勢を知る

本居宣長『うひ山ぶみ』は、学問をいかに始め、いかに続けるべきかを説く。この記事の「学びは終わらない」という主題に最も深くつながる一冊である。

本居宣長『うひ山ぶみ』をAmazonで見る
PR

日本への思いを、暮らしと参詣に

日の丸、ブルーリボン、二つの神社への参詣旅をご案内します。商品と宿泊予約のリンクには広告を含みます。

PR|日本国旗

日本製の日の丸

祝日に日の丸を掲げ、祖国への感謝を暮らしの中で形にする。70×105cm、左側上下に取付用の紐を備えた日本製の国旗をご案内します。

Amazonで国旗を見る

暮らしの品を、楽天ROOMでも

運営者ThroughSkyが紹介する暮らしの品を楽天ROOMにまとめています。商品ごとの紹介をご覧いただけます。

ThroughSkyの楽天ROOMを見る
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次