台湾は遠くない。この国の命綱と、存立危機の意味

長野の山里に社を構える宮司にとって、台湾海峡は遥か遠い海の向こうの話のように聞こえるかもしれない。しかし宮司は決してそうは思わない。あの海峡の平和が乱れるとき、この国の命綱は根底から揺らぐ。そのことを宮司は、かつて警察官として大阪の街に立っていた頃から、静かに、しかし確かに感じ続けてきた。人々の暮らしの背後には、目には見えぬが確かに存在する秩序があり、その秩序は決して一国の内側だけで完結するものではないと、現場に立つ中で肌身に沁みて知ったからである。

令和8年3月、高市早苗首相が参院予算委員会において重要な発言をした。台湾有事は日本の「存立危機事態」になりうるという認識である。この言葉の重みを、宮司は幾度も胸中で反芻した。存立危機事態とは、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、そして幸福を追求する権利が根底から覆される明白な危険がある状態を指す。首相がこの言葉を台湾有事と結びつけた意味は極めて深い。それは単なる外交上の発言ではなく、日本という国の生存が台湾海峡の安定と不可分であるという、現実を直視した認識の表明にほかならない。

宮司が若き日を過ごした時代、日本は自国の安全保障を他国に大きく委ね、その代わりに経済発展へと力を注ぐ道を選んできた。その選択がもたらした繁栄は確かに大きく、否定すべきものではない。しかし宮司は今、その歩みの裏側にあったものにも思いを巡らさずにはいられない。自らの国を自らの手で守るという覚悟を持たぬままに築かれた繁栄は、どこかに脆さを抱え込む。外交においても、経済においても、主体性を欠いた国家はやがて自らの立つ位置を見失う。その積み重ねが、現在の日本の姿の一端を形作っているのではないかと宮司は感じている。

近年、中国は台湾海峡における軍事的圧力を着実に強めている。習近平政権は台湾統一を「歴史的使命」と位置づけ、その時期こそ明言していないものの、その意志に揺らぎは見られない。もし台湾海峡において不測の事態が生じれば、東シナ海の制海権は大きく揺らぎ、日本の生命線とも言うべき海上交通路は深刻な影響を受けることになる。この国は食料の多くを海外に依存し、エネルギーの大半を海上輸送に頼っている。その現実を直視すれば、台湾海峡の安定がいかに日本の存立と密接に結びついているかは明らかである。宮司は、この脆弱な基盤の上に日々の平穏が成り立っていることを、国民一人ひとりが静かに見つめ直すべき時に来ていると考えている。

高市首相の発言に対し、一部には緊張を高めるとの批判もあった。しかし宮司は、現実を見据えることと無用に緊張を煽ることは本質的に異なるものだと考える。古来より日本人は、見えぬ危機に備える心を大切にしてきた。武士の心得にある「平時にこそ備えを怠るな」という教えは、単なる戦の技術ではなく、国を守る精神そのものを示している。備えあるところにこそ真の平和があり、備えを失ったときにこそ不安と混乱が忍び寄る。台湾有事を存立危機事態として認識することは、この国が自らの命綱を自覚し、それを守る責任を引き受けるという当然の意思の表れである。

宮司はまた、安倍元総理が繰り返し語っていた言葉を忘れてはいない。「台湾有事は日本有事である」。この言葉は当初、一部では強い表現として受け止められたが、その本質は現実の構造を端的に言い表したものであった。安倍元総理は外交の場においても、講演の場においても、この認識を一貫して示し続けた。その言葉が今、国家としての公式な認識へと近づきつつあることに、時代の移り変わりを感じざるを得ない。宮司は、国の歩みがようやく現実と向き合う方向へと進み始めたことを、静かに受け止めている。

そして宮司は、この問題を単なる安全保障の議論としてではなく、日本人の精神の在り方として捉えている。大和心とは、他者との調和を尊びながらも、守るべきものに対しては揺るがぬ意志を持つ心である。穏やかさと強さは決して相反するものではなく、むしろ一体のものである。外に対して礼を尽くし、内においては節を守る。その積み重ねが、この国の歴史を形作ってきた。

台湾海峡の平和を守るという課題は、単に地政学的な利害の問題ではない。日本人がいかなる国としてこれからも立ち続けるのか、その覚悟を問う問いでもある。遠い海の出来事として目を背けるのか、それとも自らの命綱として正面から受け止めるのか。その選択は、国家の行く末だけでなく、日本人一人ひとりの在り方にも深く関わっている。

長野の静かな山里にあって、宮司は今日も社に向かい、祈りを捧げる。その祈りは決して小さなものではない。この国の安寧と、世界の調和、そして人々が本来持つべき心の平穏を願う祈りである。だが祈りは、ただ願うだけで成り立つものではない。現実を見据え、備えを整え、その上で天に委ねるという姿勢があってこそ、祈りは力を持つ。

台湾は遠くない。その海に吹く風は、すでにこの国の行く末と結びついている。宮司はそのことを、静かに、そして揺るぎなく見つめ続けている。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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