純粋な志が散った先に。北一輝と青年将校たちが令和に問いかけるもの

歴史というものは、時代ごとに歪められる。過去そのものは変わらない。しかし、過去の読まれ方は、権力の都合によって塗り替えられることがある。歪められた歴史の中に埋もれた人々の魂は、誰かが掘り起こさなければ、永遠に誤解のまま朽ちていく。それは、国にとって取り返しのつかない損失である。
宮司は、北一輝という人物に深い関心を持ち続けてきた。戦後の日本では、北一輝の名を知る者は少なくなった。知っている者も「右翼の過激思想家」「二・二六事件の首謀者」という断片的な印象しか持っていないことが多い。しかし宮司は、それだけでこの人物を語ることはできないと言いたい。北一輝は、西郷隆盛や吉田松陰を深く敬い、マルクス主義を真っ向から否定し、天皇を国民の総代表として国家の根柱に据えようとした人物である。その思想は、純然たる日本的国家観に根ざしていた。
昭和十一年二月二十六日の早暁、純粋な愛国の心を抱いた青年将校たちが決起した。二十代、三十代の若者たちが、政治の腐敗と財閥の横暴に義憤を燃やし、身命を賭して立ち上がった。その志の純粋さは、誰も否定できない。宮司は、二・二六事件を単なる軍事クーデターとして片付けることを拒む。あの事件は、腐りゆく権力の中枢に対する、純粋な魂の叫びであったと宮司は見ている。結果はいかなるものであれ、命を賭けた真剣さの前に、人は粛然とせざるを得ない。
戦後、この事件と北一輝の思想は、都合よく歪められた。左翼陣営は北一輝を「社会主義革命家」のように位置づけ、昭和維新の志を「左翼革命の失敗」として語った。しかし宮司は、それは明らかな誤りであると言う。死者は言葉を持たない。刑死した者たちは、自らの思想を弁明する機会を永遠に奪われた。だからこそ、生きている者が、歴史を正直に見つめ直す責任を担う。歪んだ歴史の上に立つ国家は、やがてその土台から崩れていく。
令和の日本人に問いたいことがある。あなたは、自分の国の歴史を、自分の目で読んでいるか。戦後の教育と一部のメディアが描いた「正しい歴史」だけを鵜呑みにしてはいないか。北一輝や青年将校たちが命を懸けた志の根にあったものは、腐敗への怒りと日本への純粋な愛であった。その心の炎を令和に継ぐこととは、彼らの行動を無条件に賛美することではない。命を賭けるほどの何かを、自らの胸の内に持っているか、という問いに向き合うことである。
宮司は、純粋な魂が散っていった先に、いつも日本の未来を見る。北一輝が夢見た国家の姿が正しかったかどうか、歴史の判定を下すことは容易ではない。しかし、その魂の純粋さと、命を賭けた誠の重さは、令和の今も変わらず私たちに問いかけている。志を持て。誠を貫け。国を愛する心を恥じるな。それが、過去に散った魂たちへの、最も誠実な答えではないか。
