古事記も士規七則も知らずして、この国の行く末を語れるか。

吉田松陰先生はかつて、こう言った。「士規七則と古事記を知らずして政治を語ることなかれ」と。宮司はこの言葉を若い頃から折に触れて思い起こしてきた。警察官として大阪の街に立っていた日々も、神職として社に奉仕するようになってからも、この言葉は宮司の胸の底に澱のように沈んでいる。政治とは、単なる制度の運用でも利害の調整でもない。それはこの国の成り立ちを知り、先人の志を受け継ぎ、未来の日本人のために今を生きるという、深い覚悟の営みである。その覚悟を欠いた者が、いかに弁舌巧みであっても、宮司には空虚に響く。
士規七則とは、吉田松陰先生が二十一歳の時に書き記した、武士としての心得を七つにまとめた文書である。その第一則はこう始まる。「凡そ、生れて人たらば、よろしく人の禽獣に異るゆえんを知るべし」。人として生まれた以上、鳥や獣と何が違うのかを知らなければならない、という問いかけである。松陰先生はその答えを「忠孝」に求めた。君臣の義と、父子の情。この2つを軸に人間の道が立つと説いた。そして第二則において、「皇国に生れては、よろしく我が宇内に尊きゆえんを知るべし」と続ける。万世一系の天皇を頂くこの国に生まれた者は、その国の貴さを知らなければならない。君臣一体、忠孝一致、これこそがただ我が国のみが持つ特色であると、松陰先生は誇りをもって書き記した。
この士規七則の精神が、宮司には今の時代にこそ必要だと痛感する。令和の政治の世界を見渡すとき、宮司は問わずにはいられない。この国の政治家たちは、果たして自らが立つ土台を知っているか。日本という国がどのような来歴を持ち、どのような精神の上に成り立ってきたかを、どれほど深く学んできたか。選挙のたびに耳障りのよい言葉が飛び交い、目先の政策論争が繰り広げられる。しかしその言葉の根に、松陰先生が言うところの「志」があるかどうか。宮司には、それを見極めたいという思いが常にある。
古事記もまた、この国の政治を担う者が必ず学ぶべき書である。古事記は単なる神話の集成ではない。日本という国がどのように生まれ、天皇という存在がいかなる意味を持ち、この列島に生きる人々がどのような精神的な起源を持つかを、語り伝えてきた根源の書である。宮司が奉仕してきた吉水神社も、この神話の流れの中に位置づけられる。古事記を知るとき、人は自分が千数百年という時間の連続の中に立っていることを感じる。その感覚こそが、この国を治める者に欠かせない謙虚さの土台となる。自分一人の知恵で国を動かせると驕る者は、この連続の重さを知らない者である。
宮司には忘れられない場面がある。安倍晋三元総理と言葉を交わした折のことである。安倍先生は、日本の神話や歴史の話になると目が輝いた。古事記に登場する神々の名を諳んじ、その意味を語り、日本という国の来歴を自らの言葉で語ることのできる政治家だった。宮司はその姿に、松陰先生が言う「読書尚友は君子のことなり」という言葉を重ねた。書を読み、先人を友とし、その精神を今に活かす。それが真の指導者の姿だと宮司は思う。安倍先生が凶弾に倒れた後、この国の政治の場から、そのような深みを持つ言葉が聞こえにくくなった気がしてならない。
士規七則の第五則はこう記す。「人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわち鄙夫のみ」。古今の出来事に通ぜず、聖賢を師としない者は、心の貧しい人間に過ぎない。この言葉は二百年前の言葉でありながら、令和の今に読んでも、その切れ味は少しも鈍らない。情報があふれ、知識が瞬時に手に入るこの時代に、かえって人は古今に通ずることを怠るようになった。歴史を学ばず、先人の言葉に耳を傾けず、今この瞬間の損得だけで物を考える風潮は、政治の世界だけでなく、社会全体に広がっている。その根にあるのは、教育の問題だと宮司は見ている。
古事記を小中学校の教育の中で教えることを、宮司は長年望んできた。竹田恒泰氏が著した現代語古事記は、子供でも読めるよう平易に書かれており、宮司も繰り返し手に取ってきた。読者の中には「絶対に義務教育に導入してほしい」「自分の子供に読ませたい」と声を上げる人が多い。それは単なる愛国心の教育ではない。自分が生まれたこの国の神話的な起源を知ること、天地の始まりから今日に至る日本という物語の中に自らを置くこと、これは人間が「根を持つ」ために必要な営みである。根のない木は嵐に倒れる。根のない人間は、困難に直面したとき自らを支えるものを持てない。
松陰先生は士規七則の最後をこう締めくくっている。「死して後やむの四字は言簡にして義広し、堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、これをおきて術なきなり」。死してのちに初めて止む、という覚悟。言葉は短いが、その義は広大である。この覚悟を持った者だけが、真に人を動かし、歴史を動かす。松陰先生自身、三十歳で刑死しながら、その志は多くの門下生の心に火を灯し、明治維新という大きな歴史の転換を呼び起こした。志が人を超え、時代を超える。それが歴史の奇跡であり、人間の精神の力の証である。
令和の日本には、この国の精神的な基盤を取り戻すという大きな課題がある。経済の立て直しも、安全保障の強化も、少子化への対応も、すべて重要である。しかしそれらの政策の根に「日本とは何か」「この国の民として何を誇りとし何を次代に渡すか」という問いへの答えがなければ、どれほど精緻な制度を作っても、砂の上に建てた家と同じである。古事記と士規七則は、その答えを求めるための、最も確かな道標の一つである。宮司は、この2つの書が令和の政治家の必読書となる日を、心から望んでいる。
安倍神像神社に参拝に来られる方々の中に、若い人の姿が増えてきた。二十代、三十代の若者が、この国の行く末を真剣に考え、祈りを捧げに来る。宮司はその姿に、日本の未来を見る。彼らに伝えたいことがある。あなたたちが生きているこの国は、千年を超える歴史と精神の積み重ねの上に立っている。その重さを感じてほしい。古事記を開き、松陰先生の言葉に耳を傾けてほしい。そして、自らの志を立ててほしい。志は気の師なり。志のあるところに、力は必ず湧いてくる。
『士規七則』
一
原文
凡そ、生れて人たらば、よろしく人の禽獣に異るゆえんを知るべし。
けだし人には五倫あり、しかして君臣父子を最も大なりと為す。
故に人の人たるゆえんは忠孝を本となす。
現代語訳
人として生まれたならば、人が鳥や獣と異なる理由を理解しなければならない。
人には五つの道理があり、その中でも君臣と父子の関係が最も重要である。
したがって、人が人である根本は忠義と孝行にある。
二
原文
凡そ、皇国に生れては、よろしくわが宇内に尊きゆえんを知るべし。
けだし、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲ぐ。
人君、民を養いて、もって祖業を続ぎ、臣民、君に忠してもって父志を継ぐ。
君臣一体、忠孝一致、ただわが国をしかりとなす。
現代語訳
この国に生まれたならば、我が国が世界の中で尊い理由を知るべきである。
我が国は万世一系の天皇をいただき、武士たちはその身分を代々受け継いできた。
為政者は民を養い祖先の事業を継ぎ、臣民は君に忠義を尽くし父の志を継ぐ。
こうして君臣は一体となり、忠と孝が一致する。これは我が国の特色である。
三
原文
士の道は義より大なるはなし。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。
現代語訳
武士の道で最も大切なのは義である。
義は勇気によって実行され、勇気は義によって育まれる。
四
原文
士の行は質実欺かざるをもって要となし、巧詐過を文るをもって恥となす。
光明正大、みなこれより出ず。
現代語訳
武士のふるまいは、質素で誠実であり、人を欺かないことが大切である。
ごまかしや虚飾は恥である。
正しく潔白であることは、これらから生まれる。
五
原文
人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわち鄙夫のみ。
読書尚友は君子のことなり。
現代語訳
古今の事に通じず、聖人や賢人を師としない者は、志の低い人間にすぎない。
読書を通じて先人を友とすることは、立派な人物の在り方である。
六
原文
徳を成し材を達するには、師恩友益多きにおり、故に君子は交遊を慎む。
現代語訳
徳を磨き才能を伸ばすには、良い師や友の存在が重要である。
だからこそ、優れた人物は交際する相手を慎重に選ぶ。
七
原文
死して後やむの四字は言簡にして義広し、堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、これをおきて術なきなり。
現代語訳
「死して後已む」という言葉は短いが意味は深い。
強い意志と忍耐、決断力を持ち、志を決して曲げない姿勢を表すものであり、これに勝るものはない。
総括(三端)
原文
右士規七則約して三端となす。
いわく「志を立ててもって万事の源となす。交を択びてもって仁義の行を輔く。書を読みてもって聖賢の訓をかんがふ」と、士まことにここに得ることあらば、またもって成人となすべし。
現代語訳
以上の七則は、三つに要約できる。
すなわち、志を立ててすべての出発点とすること。
交わる人を選び、仁義の実践を助けること。
書物を読み、先人の教えを深く考えること。
これらを真に理解し実践できるならば、一人前の人物となることができる。
