令和8年の秋、宮司が読書におすすめしたい本は五冊ある。幸せと心の習慣を考える本。共に働く意味を問い直す本。生き方の軸を整える本。日本の原点へ帰る本。そして、私たちが生きる時代を考える本である。
秋の夜、携帯電話を置き、一冊の本を開く。それは、流れていく情報から距離を置き、己の心に物差しを立て直す時間である。
本は、数を誇るために読むものではない。流行っているから読むのでもない。読み終えた後、自分の言葉と行いが少しでも変わるか。迷った時に戻れる一節が胸に残るか。大切なのは、そこである。
宮司は、この五冊を同じ種類の本として薦めるのではない。心、職場、仕事の倫理、日本の原点、現代史。それぞれ入口は違うが、いずれも自分と社会を見つめ直す本である。
一冊目『科学的に幸せになれる脳磨き』。幸せを待つのではなく、心の習慣を整える
人は、外の条件が整えば幸せになれると思いがちである。仕事で成功すること。収入が増えること。人から認められること。悩みがなくなること。だが、外の条件は思うようにならない。願いが叶っても不安が消えない人がいる一方、苦労の中でも感謝を失わない人がいる。
岩崎一郎氏の『科学的に幸せになれる脳磨き』は、脳の島皮質に着目し、幸せにつながる日々の習慣を紹介する。本書が示すのは、感謝すること、前向きになること、家族や友人と過ごすこと、利他の心を持つこと、マインドフルネス、そして畏敬の念を抱くことである。
幸せを知識だけで終わらせず、今日の行いに移したい人に向いている。家族と食卓を囲む。人のために働く。自然の大きさに心を開く。神仏へ静かに手を合わせる。特別な才能を待たず、毎日の小さな実践から始められる一冊である。
二冊目『共に働くことの意味を問い直す』。職場を「人と人の間」から見直す
働くことは、個人の能力だけで完結しない。同僚がいる。顧客がいる。支えてくれる家族がいる。そして、仕事を必要とする社会がある。私たちは、人と人との間で働いている。
ところが職場では、数値、効率、手順ばかりが優先されることがある。会議を開き、報告書を作り、制度を整えても、人の心が離れたままでは、良い仕事は生まれにくい。
『共に働くことの意味を問い直す 職場の現象学入門』は、職場で実際に起きていることを、現象学の視点から見つめ直す本である。オンラインでの仕事、感情を含むコミュニケーション、職場という場の構造、心理的安全性、創造性など、今の働き方に深く関わる課題を扱っている。
部下との対話に悩む管理職、率直に意見を言えないチーム、対面とオンラインが混在する職場に薦めたい。問題を誰か一人の性格に帰す前に、人と人との関係や、場のあり方を考える手がかりとなる。
三冊目『現代語訳 論語と算盤』。道徳と利益を切り離さない
渋沢栄一の『論語と算盤』は、道徳と経済を別々のものとして考えてはならないと説く。算盤だけを持てば、利益のために人を踏み台にする。論語だけを語り、現実の生活や働きを軽んじれば、美しい理想は空言になる。
宮司は思う。仕事で成果を求めることは、決して卑しいことではない。利益を上げ、働く人を守り、家庭を支え、社会へ責任を果たすことは尊い。だが、その根に誠と仁義がなければならない。
筑摩書房の『現代語訳 論語と算盤』は、守屋淳氏の現代語訳により、渋沢栄一の言葉を現代の仕事と生活へ引き寄せて読める。経営者だけの本ではない。働く人、家庭を支える人、若い人を育てる人にも必要な一冊である。
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利益か道徳かという二者択一に迷う時、その両方を引き受けるのが渋沢栄一の教えである。初めて『論語と算盤』を読む方にも入りやすい現代語訳である。
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四冊目『新版 古事記 現代語訳付き』。日本人の心の原点へ帰る
『古事記』は、神々の物語を楽しむためだけの書物ではない。天地はどのように開かれたのか。神々はどのように国を生み、命をつながれたのか。天皇と国民、祖先と子孫、自然と人間はどのような関係にあるのか。その根本が語られている。
現代人にとって、原文だけで『古事記』を読み通すことは容易ではない。漢字の表記、神名の読み、古い言葉につまずく。そこで本を閉じてしまう人もいるであろう。
中村啓信氏訳注の『新版 古事記 現代語訳付き』は、読み下し文、現代語訳、原文と索引を一冊に備えている。まず現代語訳で物語をつかみ、心に残った場面の読み下し文や原文へ戻ることができる。
神道を学びたい人だけではない。日本文化の根を知りたい人、神社参拝の意味を深く受け止めたい人、子供へ神話を語り継ぎたい人に向いている。
五冊目『安倍晋三 回顧録』。政治の結果だけでなく、判断の内側を読む
歴史は、結果だけを並べれば分かるものではない。なぜその判断をしたのか。どのような反対があったのか。何を守り、何を断念し、どこで腹を決めたのか。当事者の証言を読まなければ、政治の実像は見えない。
『安倍晋三 回顧録』は、安倍晋三元総理の証言を、橋本五郎氏と尾山宏氏が聞き、北村滋氏が監修した記録である。政権運営、外交、安全保障、経済政策の舞台裏が、安倍元総理自身の言葉で語られている。
宮司は、安倍元総理を讃えるためだけにこの本を読むのではない。異論を持つ人にも読んでほしい。評価の前に、当事者が何を見、どう考えたかを知る。それが公正な歴史認識の出発点である。
政治を新聞の見出しや短い動画だけで判断したくない人、平成から令和への日本外交を考えたい人、指導者が責任を引き受けるとは何かを知りたい人に薦めたい。
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安倍政権を支持した人にも、批判的に見てきた人にも、判断の根拠となる一冊である。感情的な賛否の前に、安倍元総理の証言自体を確かめたい。
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五冊をどの順番で読むか
どの本から読み始めてもよい。まずは、今の自分が抱えている問いに最も近い一冊を選びたい。
すべてを一度に買う必要はない。今の自分に必要な問いを一つ選び、その問いに応える一冊を手に取ればよい。
幸せを日々の習慣から整えたいなら、『科学的に幸せになれる脳磨き』。
職場の人間関係や組織づくりに悩んでいるなら、『共に働くことの意味を問い直す』。
仕事と道徳の間で迷っているなら、『現代語訳 論語と算盤』。
日本の神話と神道の根を知りたいなら、『新版 古事記 現代語訳付き』。
現代日本の外交と政治判断を考えたいなら、『安倍晋三 回顧録』。
本は、読者に代わって答えを出してはくれない。むしろ、問いを深くする。自分の無知を知らせる。安易な思い込みを崩す。だからこそ、読書は人を育てる。
宮司は願う。
令和8年の秋、一人でも多くの日本人が、流れる情報から少し離れ、一冊の本と静かに向き合うことを。
読んだ頁数ではない。胸に残った一節を、明日の行いに移すことである。
良き読書は、人生の背骨となる。