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日本への思いを、暮らしと参詣に

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「縮み」志向の日本人。手の中の美に宿る、日本人の心

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『枕草子』の「うつくしきもの」の段に、「なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし」という言葉がある。小さな浮き葉。小さな葵。雛の調度。清少納言は、小さきものの中に、愛らしさと美を見いだした。

宮司は、この感性に日本人の心の原型を見る。

大きなものを、そのまま力で支配するのではない。手元へ引き寄せる。小さく整える。細部に心を配り、暮らしの中へ馴染ませる。そこに日本人は、美しさを感じてきたのである。

韓国の思想家・李御寧は、これを日本文化の「縮み志向」と呼んだ。李御寧氏は、日韓併合時代に育った人物で、実に日本文化のことを深く理解している。日本人よりも日本文化への思索が鋭い。

李御寧は、入れ子、扇子、折詰弁当、能面など、いくつもの型を通して日本文化を見つめた。形は違っても、そこに共通するのは、広い世界から大切なものを選び取り、限られた形へ秩序立てて収める働きである。

つまり、縮めることは編集することである。何もかも詰め込むのではない。何を残し、何を省き、どこに余白を置くかを決める。その選択に、作り手の心と品格が現れる。

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李御寧が、扇子、盆栽、茶室、折詰弁当などを手がかりに、日本文化の強みと弱みを考察した一冊である。記事の背景をさらに深く知りたい方に薦めたい。

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扇子は、大きな風を折り畳んで懐に収める。俳句は、広い天地と人の心を十七音に凝縮する。盆栽は、大樹の風格と山野の時を一鉢に宿す。庭園は、山川や海原までを限られた空間に写し取る。茶室は、世界から余計なものを削ぎ落とし、一碗の茶と一期一会に心を集中させる。

駅弁もそうである。土地の実り、季節、旅の記憶を一つの折箱に収める。かつてのウォークマンは、音楽を部屋から解き放ち、掌に近い大きさへ移した。「ポケットモンスター」という名にも、広大な冒険と不思議な生き物を「ポケット」へ迎え入れる発想がある。

いまのスマートフォンにも、世界の地図、書物、音楽、人とのつながりが小さな一台へ収められている。だが、機械が小さくなっただけでは文化とは呼べない。膨大な情報の中から本当に必要なものを選び、自分の暮らしと責任へ結び直して初めて、現代の縮み志向は意味を持つのである。

縮めるとは、ただ小型化することではない。

削る。選ぶ。磨く。整える。そして、小さな形の中に大きな世界を宿すことである。

宮司は思う。

日本人の美意識は、飾りの問題ではない。生き方の問題である。

日本の美には「間」がある。すべてを言い尽くさない。すべてを飾り尽くさない。余白を残し、相手が入る場所を残す。俳句の十七音も、茶室の簡素さも、語られていないものを感じ取る心によって完成する。

人間関係も同じである。自分の正しさで相手の心を埋め尽くさない。沈黙を待つ。事情を察する。相手の言葉が生まれる余地を残す。その慎みこそ、日本人が大切にしてきた美しい交わり方である。

西洋の哲学が、普遍的な原理や抽象的な論理を求めてきたことには大きな価値がある。宮司も、それを尊んでいる。だが日本人は、理念を理念のまま掲げるよりも、今いる場所の佇まい、人と人との間、季節との呼吸の中に、善い生き方を見いだしてきた。

部屋が整っているか。言葉に角が立っていないか。食卓に感謝があるか。自分だけが勝つのではなく、周囲とともに生きられているか。

正しさだけでは足りない。その正しさが、人を傷つけ、場を荒らし、調和を壊してはいないか。日本人は、そのことを「美しいか、美しくないか」という身体に近い感覚で測ってきたのではないだろうか。

それは、哲学者・西田幾多郎のいう「純粋経験」にも通じる。『善の研究』で説かれた純粋経験とは、私が対象を外から眺めて判断する前の、まだ主と客とが分かれていない直接の経験である。

花を見る自分と、見られる花が分かれる前。無心で掃除をするとき、箒を持つ者と庭とが一つの働きになる。神前に頭を垂れるとき、祈る自分を誇示する心が消え、ただ祈りだけが残る。

本当の調和とは、頭の中で作った標語ではない。今、ここで、自分と相手と場所とが生き生きと結ばれていることである。

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武士道も禅も、遠い理念を語るだけの教えではない。いつ訪れるか分からぬ死を前にして、今の一太刀、今の一息、今の一歩へ命を凝縮する。過去を悔やみ、未来を恐れて心を散らすのではない。中今を生き切る。その覚悟が、姿勢となり、所作となり、美しさとなるのである。

祭りもまた、大いなる天地の営みを、地域の一日へ凝縮する。神輿、囃子、供物、礼。そこには祖先の記憶があり、自然への畏れがあり、子供たちへ文化を渡す願いがある。小さな共同体の営みの中に、過去と未来が一つになるのである。

政治も同じである。

『古事記』の国譲り神話には、「ウシハク」と「シラス」という異なる言葉が見える。この二語を、力によって所有する政治(ウシハク)と、人々の心や国の成り立ちを知って治める政治(シラス)との対照として読む思想がある。

宮司は、政治とは国民を上から押さえつけることではないと考える。歴史を知る。暮らしを知る。声なき声を知る。そのうえで、国民の力が自ずから生きる場を整える。これが、日本の国柄にかなう政治であろう。

企業における全員経営も、命令する者だけが考え、働く者は従うという思想ではない。一人ひとりが自分の持ち場を引き受け、顔の見える仲間と知恵を出し、全体の調和をつくる。巨大な組織を、手触りのある責任へ縮めるのである。

しかし、縮み志向にも戒めがいる。内側の調和だけを守り、広い世界から目を閉ざせば、縮みは萎縮となる。身内だけの空気を読み、異論を排し、大きな責任から逃げるならば、それは日本文化の本来の強みとは、少し違うものになってしまう。

小さくするのは、世界を拒むためではない。世界と深く交わるためである。

縮みと拡がりは、敵ではない。深く根を張るから、枝を遠くへ伸ばすことができる。足元の美と調和を守るからこそ、世界へ向けて自信を持って開くことができる。必要なのは、縮みを捨てることではなく、縮みの中で磨いたものを外へ差し出す勇気である。

大国の威勢を真似る必要はない。借り物の抽象論に酔う必要もない。だが、世界から退いてしまうのも惜しい。大きな課題を、目の前の一歩へ引き寄せる。国家の未来を、家庭の教育へ。環境の問題を、一杯の水への感謝へ。平和への祈りを、隣人への礼節と国を守る備えへ変えるのである。

挨拶をする。履物を揃える。約束を守る。食べ物を粗末にしない。弱い者をいたわる。自分の持ち場を清める。

小さな行いである。だが、国の品格は、この小さな行いに宿る。

どれも、思い立ったその日からできることばかりです。

宮司は願う。日本人が、自らの美感を古いものとして捨てぬことを。身の回りの調和を整えながら、広い世界へ責任を果たすことを。

掌の中に天地を思う。一輪の花に命を見る。一日の務めに国家の未来を見る。

小さきものを愛する心は、決して小さな心ではない。

それは、大いなるものと深く結ばれる、日本人の祈りの形なのである。

皆さまの手の中の小さな営みが、日々の暮らしを美しく照らしますように。宮司も、心からお祈りしております。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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