困難から力が生まれる。逆境の中で目覚める日本人の魂

人は、順境の中に長く身を置くと、知らず知らずのうちに心がゆるむ。昨日も無事であった、今日も何とか過ぎていく、明日もまた同じように続くだろう。そう思ううちに、人は大切なものを忘れていく。
昔から「治にいて乱を忘れず」と言う。平和な時にこそ、乱れに備えよという戒めである。しかし、それを本当に骨身に刻んで生きることは容易ではない。どれほど立派な人物であっても、安穏の日々が続けば、心に油断が生まれる。安心感はありがたいものであるが、同時に人の歩みを止めてしまうことがある。
宮司は思う。困難とは、ただ人を苦しめるためにあるのではない。困難は、人の眠っていた魂を呼び覚ますために訪れることがある。
順調な時には見えなかったものが、苦しみの中で見えてくる。安易な時には出なかった知恵が、追い詰められた時に湧いてくる。できないと思っていたことが、どうしてもやらねばならぬ状況の中で、初めて道となって開けてくる。
人間とは不思議なものである。余裕がある時には力を出し切れない。だが、逃げ場がなくなり、腹を決めざるを得なくなった時、思いもよらぬ力を発揮する。そこに、神が人に与えた試練の意味があるのではないか。
令和の日本は、多くの困難の中にある。政治も、経済も、教育も、家庭も、地域も、決して安穏とは言えない。国の誇りは薄れ、歴史を学ばぬ若者が増え、先人への感謝を忘れた言葉が世にあふれている。未来を思えば、不安を覚える人も多いであろう。
しかし、宮司は絶望しない。
なぜなら、日本人は、困難の中でこそ目覚めてきた民族だからである。幾度も国難に遭い、幾度も打ちのめされ、それでも立ち上がってきた。焼け野原から町を築き、貧しさの中から家族を守り、涙をこらえて子を育て、黙々と働き、祈りを忘れずに生きてきた。
それが日本人である。
困難に遭うと、人は自分の弱さを知る。思い通りにならぬ現実の前で、傲慢な心は砕かれる。だが、その砕かれた心の奥から、本当の祈りが生まれる。助けてください、導いてください、どうかこの道を歩ませてください。その祈りによって、人はもう一度立ち上がる。
祈りなき順境は、人を慢心させる。祈りある逆境は、人を鍛える。
令和を生きる日本人に伝えたい。今、苦しいところにいる人よ。思うように進まぬ人よ。家庭で、仕事で、学びで、人間関係で、国の行く末で、心を痛めている人よ。その苦しみは、あなたを終わらせるためのものではない。あなたの内に眠る力を呼び覚ますための時である。
困難に出会った時、人は二つに分かれる。嘆くだけで終わる人と、そこから学ぶ人である。恨むだけで終わる人と、そこから祈る人である。逃げる人と、腹を括る人である。
大切なのは、困難そのものではない。困難に向き合う心である。
どれほど苦しくとも、心まで捨ててはならない。どれほど暗くとも、日本人としての誇りを手放してはならない。どれほど孤独でも、神々と先人が見ておられることを忘れてはならない。
人は、順境の中で育つのではない。逆境の中で深く根を張る。木もまた、風にさらされて強くなる。雨に打たれて根を伸ばす。人間も同じである。何もかも整った場所では、魂は太くならない。苦しみの中で耐え、考え、祈り、行動する時、初めて人は本物になる。
日本再生もまた、困難の中から始まる。
今の日本に必要なのは、嘆きではない。目覚めである。誰かを責めることではない。自分の持ち場で立ち上がることである。父は父として、母は母として、若者は若者として、働く者は働く者として、それぞれが目の前の困難から逃げず、そこに知恵を絞り、祈りを込めて歩むことである。
宮司は、困難の中にこそ希望を見る。なぜなら、困難は人を真剣にするからである。真剣になった人間は強い。真剣になった日本人は、必ず道を切り開く。
今、あなたが直面している苦しみも、いつか力に変わる。涙も、祈りに変わる。失敗も、知恵に変わる。行き詰まりも、新しい道を見つける入口となる。
どうか、負けないでほしい。
困難は、あなたを小さくするために来たのではない。あなたを目覚めさせるために来たのである。令和の日本人よ、苦しみの中でこそ背筋を伸ばせ。祈りを忘れず、誇りを捨てず、今日の一歩を踏み出せ。
その一歩から、あなた自身の再生が始まる。そして、その一人ひとりの再生こそが、日本の再生へとつながっていくのである。
