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安倍晋三元総理銅像建立

日の丸を仰ぐ心を、なぜ息苦しいと言うのか。国旗と言葉の責任を問う

産経新聞「メディアウオッチ」の記事に接し、宮司は、国旗をめぐる日本の言論空間について、深く考えさせられた。サッカーW杯で日本代表が快進撃を続け、国民が日の丸を掲げ、声を合わせ、遠く離れた選手たちへ祈るような思いを送っている。その同じ時代に、国旗損壊禁止をめぐる議論に対して「息苦しい」と受け止める報道の空気があるという。この対比を、軽く見てはならない。

日本人は、試合の時には自然に日の丸へ心を寄せる。選手が勝てば涙を流し、国歌が流れれば胸が熱くなり、赤と白の旗が揺れれば、自分もまた日本人であることを思い出す。そこには、誰かを憎む心などない。ただ、日本を背負って戦う者への感謝があり、同じ国に生まれた者としての誇りがあり、勝敗を越えて心を一つにする清らかな情がある。ところが、日常の政治や教育や報道の場で、国旗を大切にしよう、国旗を傷つける行為を軽く見てはならないと言うと、途端に「息苦しい」「危うい」「自由が脅かされる」と語られる。宮司は、ここに戦後日本の深い矛盾を見るのである。

これは、単なる新聞同士の論争ではない。法案の賛否だけの問題でもない。これは、日本人が日の丸をどのように見ているのか、報道が祖国への敬意をどのように扱っているのか、そして私たちが子供たちにどのような日本人の心を手渡すのかを問う出来事である。

国旗とは、ただの布ではない。もちろん、物として見れば、白地に赤い丸を染めた一枚の布である。しかし、その布に、どれほど多くの祈りが重なっているかを知らなければ、日の丸の本質は見えてこない。そこには、田を耕し、海へ出て、山を守り、家族を養い、祭りを守り、国難のたびに立ち上がってきた祖先の歩みがある。そこには、ふるさとを思い、父母を思い、妻子を思い、二度と帰らぬ覚悟で戦地へ赴かれた英霊の命がある。そこには、災害のたびに助け合い、汗と涙を流しながら、それでも国を立て直してきた国民の記憶がある。

日の丸は、政府だけを表すものではない。日の丸は、日本という共同体の記憶である。父母祖先から預かった国を、子や孫へ渡していくための、目に見える祈りである。だからこそ、日の丸を粗末に扱うことは、単に一枚の布を傷つけることではない。そこに重ねられてきた祖先の祈り、国民の歩み、未来へ渡すべき誇りを粗末にすることなのである。

もちろん、政治を批判する自由はある。政府に誤りがあるならば、国民は声を上げねばならない。政治家を問うことも、政策に反対することも、民主主義の大切な働きである。宮司は、異論を封じよと言っているのではない。国民がものを言えなくなる国を、健全な国とは思わない。しかし、政府を批判することと、国旗を傷つけることは違う。政治家への怒りと、祖国そのものを辱めることは違う。表現の自由と、国民全体の象徴を踏みにじることは違う。この区別を失った時、自由は品格を失い、言葉はただの荒れた感情となってしまう。

自由とは、何をしてもよいということではない。自由とは、己に由ることである。己の心に恥じず、天に恥じず、父母祖先に恥じず、言葉と行いを選ぶことである。自由が尊いからこそ、その自由には礼節が必要である。怒りがあるならば、言葉で問えばよい。政治に不満があるならば、議論し、投票し、行動すればよい。しかし、自分の怒りを祖国の象徴へぶつけてもよいというならば、その自由はすでに荒れている。

宮司は、法律だけで日本が甦るとは思わない。国旗損壊を罪に問う法律ができたとしても、それだけで日本人の心が一夜にして立ち直るわけではない。罰則は、社会の最低限の線を示すものである。だが、国を支えるのは、罰を恐れる心だけではない。国を支えるのは、誇りであり、感謝であり、礼節であり、父母祖先に恥じぬ生き方をしようとする静かな背骨である。

だからこそ、法案には慎重な議論が必要だという意見があるならば、その意見にも耳を傾けるべきである。どのような行為を対象とするのか。政治批判や芸術表現との線引きをどうするのか。国民の自由を守るために、法文は厳密でなければならない。しかし、慎重論を語るなら、同時に語らねばならないことがある。それは、国旗を傷つける行為は日本人の礼節に反するという明確な認識である。

法律には慎重である。しかし日の丸を粗末にしてよいとは思わない。刑罰のあり方には議論が必要である。しかし祖国の象徴を辱める行為を軽く見てはならない。そう言える社会でなければならない。ここを語らず、ただ「息苦しい」とだけ言うならば、国民の心には冷たさが残る。

何が息苦しいのか。祖国を敬うことが息苦しいのか。日の丸を大切にすることが息苦しいのか。父母祖先から受け継いだ国に感謝することが息苦しいのか。もしそうであるならば、その息苦しさは国旗の側にあるのではない。祖国を素直に愛する心を失った、戦後日本の心の奥にあるのである。

戦後の日本は、国家を語ることに臆病になった。国旗を敬うと言えば、すぐに古い、危ない、偏っていると言われる空気があった。祖国を愛すると言えば、まるで他国を憎むかのように受け取られることもあった。だが、それは違う。自分の家を大切にする者が、隣の家を憎んでいるわけではない。自分の父母を敬う者が、他人の父母を軽んじているわけではない。自分の国旗を大切にする者が、他国の国旗を辱めたいと思っているわけではない。

むしろ、自国の国旗を大切にできる者こそ、他国の国旗にも敬意を払うことができる。自分の祖先を敬う者こそ、他国の祖先の歩みにも慎みを持つことができる。自国の歴史に誇りを持つ者こそ、国際社会の中で卑屈にならず、傲慢にもならず、堂々と礼を尽くすことができるのである。愛国とは、他国を見下すことではない。祖国を大切にし、その上で他国にも礼を尽くす、日本人としての成熟した心である。

W杯の時、私たちはそのことを自然に知っている。選手たちは日の丸を背負って戦い、国民はその姿に心を合わせる。そこにあるのは、勝ってほしいという願いであり、よくぞ戦ってくれたという感謝であり、日本人として共に喜び、共に悔しがる素直な心である。ならば、なぜ普段の暮らしの中で、その心を恥じる必要があるのか。なぜ、競技場では許される日の丸への感動が、政治や教育や報道の場に移ると、急に危険なもののように扱われるのか。

ここに、戦後日本の歪みがある。

宮司は、メディアに問いたい。報道とは、国民の心を曇らせるためにあるのか。それとも、物事の道理を明らかにし、国民が健やかに考えるためにあるのか。国旗を大切にする心を、ただ権力への服従のように描いてはならない。祖国を愛する心を、すぐに排外的なもののように扱ってはならない。日の丸への敬意を、息苦しさの象徴のように語ってはならない。

言葉には力がある。新聞の見出し、テレビの一言、ネット記事の短い表現。その一つ一つが、人の心に残る。特に、子供たちは大人の言葉から社会を学ぶ。国旗を敬うことは恥ずかしいのか。祖国を愛することは危ないのか。日本人であることを誇ってはいけないのか。大人の言葉が、そのような影を子供の心に落とすならば、それは重大なことである。報道は、事実を伝えるだけでなく、物事を見る物差しを国民に渡している。その物差しが曇っていれば、国民の心もまた曇る。

神道には、祓い清めがある。穢れを祓い、心の曇りを除き、まっすぐな心へ立ち返る営みである。今の日本の言論空間にも、祓いが必要である。祖国を語ることへの恐れを祓う。日の丸を敬う心への嘲りを祓う。自由の名を借りた無礼を祓う。報道の名を借りた印象づけを祓う。そして、日本人が日本を大切に思うことを、もう一度、素直に受け止める心を取り戻さねばならない。

国旗を掲げることは、誰かを威圧することではない。祝日に日の丸を掲げることは、権力に従うことではない。それは、今日という日を祖国とともに祝い、祖先とともに感謝し、未来の子供たちへ祈る営みである。家庭で、学校で、地域で、神社で、日の丸が何を意味するのかを語らねばならない。子供たちに、日の丸を押しつける必要はない。しかし、日の丸を恥じるように育ててはならない。祖国を疑うことだけを教えてはならない。祖国を愛し、同時に過ちを正すことのできる、健やかな日本人へ育てねばならない。

愛国とは、盲目になることではない。愛国とは、祖国の良きものを守り、足らざるところを正し、次の世代へ少しでも良い日本を渡そうとする心である。家族を愛する者が、家族の誤りを正すことがあるように、祖国を愛する者もまた、政治の誤りを正すことがある。だが、その根にあるのは憎しみではない。日本をより良くしたいという祈りである。

宮司は、日の丸を前にして思う。日本は、私たちの代だけの所有物ではない。祖先より預かり、子孫へ渡す国である。私たちがこの国を粗末にすれば、その痛みは未来の子供たちに及ぶ。私たちがこの国を敬えば、その誇りは未来の子供たちの背骨になる。国旗を守るとは、布を守ることにとどまらない。日本人の心を守ることであり、祖先への感謝を守ることであり、未来の子供たちが胸を張って「私は日本人です」と言える国を守ることである。

いま、日本人は問われている。祖国を愛することを恥じるのか。日の丸を敬うことを、息苦しいと退けるのか。それとも、戦後の長い迷いを越えて、もう一度、日本人としての背骨を立て直すのか。

宮司は、はっきりと言いたい。日の丸を大切にしよう。祖国を大切にしよう。自由を大切にするからこそ、礼節を大切にしよう。言葉を大切にするからこそ、報道もまた祖国への敬意を粗末にしてはならない。

参考記事

産経新聞「W杯快進撃でも『高市ブルー』が止まらない朝日新聞 国旗損壊禁止が『息苦しい』毎日新聞 メディアウオッチ 皆川豪志」
https://www.sankei.com/article/20260628-KBJWIZPA3NFI3JGEHSHHUTC6KA/

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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