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安倍晋三元総理銅像建立

「二つの海の交わり」に見る安倍晋三元総理の世界観

産経新聞は、安倍晋三元総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の源流について興味深い記事を掲載した。平成26年、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議において、安倍元総理は「太平洋からインド洋にかけての海を、自由で開かれた平和な海としなければならない」と訴えられた。そして、その二年後に正式に打ち出されたFOIP構想は、今や日本外交を象徴する理念として世界に広がっている。

さらに記事では、その思想の源流が平成19年にインド国会で行われた「二つの海の交わり」と題する演説にあり、その演説の題名は、十七世紀のムガル帝国の王子ダーラー・シコーが著した哲学書『二つの海の合流』に由来すると紹介されている。異なる文明や宗教を対立ではなく調和へ導こうとした思想を、安倍元総理は現代の外交理念へと昇華させられたのである。

この事実を知り、宮司は改めて安倍元総理という政治家の視野の広さに深い感銘を受けた。

現代の政治は、目先の経済指標や支持率、あるいは次の選挙を意識した議論に終始しがちである。しかし、本来国家を導く者には、百年先を見据える思想が求められる。歴史を学び、世界の文明を知り、その上で日本の進むべき道を示す。そのような政治家は決して多くない。安倍元総理が世界から高い評価を受けた理由は、単なる政策の巧みさではなく、その根底に確固たる歴史観と国家観があったからではないだろうか。

「二つの海の交わり」という言葉は、単に太平洋とインド洋という地理的な概念を結び付けたものではない。異なる民族、異なる文化、異なる宗教が、互いの違いを認めながら共に歩むという、人類が古くから求め続けてきた理想が込められている。

ここで思い起こされるのが、日本人が古来より大切にしてきた「和」の精神である。

聖徳太子は『十七条憲法』の第一条に「和を以て貴しと為す」と記された。この言葉は、しばしば「争わないこと」とだけ理解される。しかし、その本質は決して事なかれ主義ではない。互いに道理を尽くし、それぞれの立場を尊重しながら、より良い結論を導き出すという精神である。

安倍元総理が目指された外交も、まさにこの日本的な精神に立脚していたように思われる。

自由で開かれたインド太平洋構想は、特定の国を敵視するためのものではない。法の支配、航行の自由、主権の尊重という、国際社会が守るべき普遍的な原則を共有しようという呼びかけである。それは武力によって世界を支配しようとする思想とは対極にあり、日本だからこそ提唱することのできた理念であった。

神道にも「むすび」という大切な考え方がある。

「むすび」とは、人と人を結び、地域を結び、自然と人を結び、そして神と人とを結ぶ働きである。単に物事を繋ぐという意味ではない。異なる存在が互いの役割を認め合い、新たな価値を生み出していく生命の力そのものを表している。

考えてみれば、日本という国そのものが「むすび」の歴史であった。

古来、日本は大陸から多くの文化や技術を受け入れてきた。しかし、それをそのまま真似ることはしなかった。仏教も漢字も律令制度も、日本人の精神風土に合わせて育て直し、日本独自の文化へと昇華させてきたのである。異質なものを排除するのではなく、包み込み、より良いものへと育てていく。それこそが日本文明の大きな特徴である。

安倍元総理が350年以上前の哲学書に目を向けられたことも、決して偶然ではあるまい。そこに現代世界が失いつつある「結ぶ」という思想を見出されたからである。

今、世界は分断の時代にある。

国家と国家が対立し、民族が対立し、宗教が対立し、さらには一つの国の中でも価値観の違いによって社会が分断されている。そのような時代だからこそ、日本が世界へ示すべきものは、力による支配ではなく、「和」と「むすび」の精神ではないだろうか。

もちろん、それは弱さではない。

日本人は時として「和」を履き違え、相手の要求をすべて受け入れることが平和であると考えてしまう。しかし、それは真の和ではない。守るべき道理は守り、譲れないものは毅然として守る。その上で互いを尊重することが、本来の「和」の精神である。

安倍元総理の外交には、その姿勢が貫かれていた。

世界と協調しながらも、日本の歴史や文化、そして国家としての誇りは決して失わない。その姿勢があったからこそ、多くの国々は日本を信頼し、FOIPという理念に共鳴したのである。

宮司は常々、人間として成功するとは、地位や名誉を得ることではなく、多くの人のために自らを役立てることであると申し上げてきた。国家もまた同じである。自国の利益だけを追い求めるのではなく、世界全体の平和と繁栄に貢献してこそ、その国は真に尊敬される。

安倍元総理が目指された日本は、そのような国であった。

日本が日本らしくあること。そのことが世界の平和に繋がるという確信が、安倍元総理にはあったのであろう。

私たちは今、その志を受け継ぐ責任がある。

外交は政治家だけの仕事ではない。日本人一人ひとりが自国の歴史を学び、自らの文化に誇りを持ち、祖先から受け継いだ精神を次の世代へ伝えていく。その積み重ねが、やがて国家の品格となり、日本の未来を支える力となる。

安倍元総理が「二つの海の交わり」という言葉に込められた願いは、単なる外交戦略ではなかった。

日本文明が古来育んできた「結ぶ」という精神を世界へ広げ、人類が対立ではなく共生へ向かう道を示そうとする、大きな志であったのである。

その志は、今なお色褪せることなく、日本の進むべき道を静かに照らし続けている。

参考記事

産経新聞:産経ニュース
いまなお息づく安倍外交 中国揺さぶる「FOIP」 源流は350年前の哲学書 風を読む 論説副委員長・坂井広...  安倍晋三元首相が凶弾に倒れてから、4年が経(た)った。元政府高官がある勉強会で忘れられない場面を紹介していた。  「あれは印象的な会議だった。安倍首相の演説…
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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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