MENU
安倍晋三元総理銅像建立

自分自身を説得せよ。令和を生き抜く心の柱

人を説得することは、時に必要である。家族に思いを伝えることも、友に道を示すことも、社会に対して声を上げることも、人として大切な営みである。しかし、宮司は思う。人が本当に強くなるために必要なのは、他人を説得することだけではない。むしろ、最も大切で、最も難しいのは、自分自身を説得することである。

人は、誰よりも自分の心に迷わされる。やらねばならぬと分かっていても、怠けたい心が出る。立たねばならぬと分かっていても、逃げたい心が出る。正しい道を選ばねばならぬと知っていても、楽な道へ流れたい心が出る。その時、人は自分自身に向かって語らねばならない。今、逃げてよいのか。今、黙っていてよいのか。今、諦めてよいのか。今、神々と先人に恥じぬ道を歩んでいるのか。この問いかけこそ、自分自身への説得である。

令和の時代は、外からの声があまりにも多い。情報は絶えず流れ込み、人の評価は一瞬で届き、世の空気は日々変わる。誰かが褒めれば安心し、誰かが批判すれば心が揺れる。そうして人は、いつの間にか自分の軸を他人に預けてしまう。だが、人の評価だけで生きる者は、いざという時に立てない。世間の空気だけを見て歩む者は、逆風の中で足を止めてしまう。だからこそ、自分の内側に一本の柱を立てなければならない。

その柱は、口先の自信ではない。根拠なき強がりでもない。自分自身に何度も語りかけ、自分の弱さを知り、それでもなお進むと決める心である。宮司は、これまで多くの人を見てきた。強そうに見える人が、実は自分の心を説得できていないことがある。反対に、決して派手ではなく、声も大きくない人が、心の奥で静かに自分を説得し、黙々と責任を果たしていることがある。本当に強い人とは、自分に言い聞かせることのできる人である。

苦しい時、「もう駄目だ」と思う心に、「まだ終わっていない」と語りかける。孤独な時、「誰も分かってくれない」と嘆く心に、「神々と先人は見ておられる」と語りかける。失敗した時、「自分には価値がない」と沈む心に、「ここから学び直せ」と語りかける。それは、虚勢ではない。信仰である。祈りである。自分の中にある弱さを否定するのではなく、その弱さを知った上で、なお立ち上がろうとする魂の働きである。

日本人は、古来よりこの心を大切にしてきた。武士は刀を持つ前に、まず己の心を整えた。農民は天候に左右されながらも、明日の田畑へ向かった。母は不安を抱えながら子を守り、父は苦しみを胸にしまって家を支えた。誰もが、日々の暮らしの中で、自分自身を説得して生きてきたのである。だから日本は、幾度倒れても立ち上がってきた。

令和の日本人に伝えたい。あなたの心が弱くなる日があってもよい。迷う日があってもよい。涙する日があってもよい。大切なのは、その心を放っておかないことである。今日一日だけでも、誠を尽くそう。今できる一つだけでも、丁寧にやろう。人に恥じぬよりも、まず自分の良心に恥じぬように生きよう。そうやって、自分自身を説得するのである。

人は、外から変えられるだけでは本物にならない。内から変わろうと決めた時に、本当に変わる。誰かに励まされることも大切である。しかし、最後の一歩を踏み出すのは、自分自身である。自分自身を説得できる人は、他人を恨み続けない。環境のせいだけにしない。時代のせいだけにしない。たとえ状況が悪くとも、自分にできることを探す。小さな一歩を重ねる。黙って積み上げる。その姿に、人は信頼を寄せる。

日本を甦らせる力もまた、そこから始まる。大きな掛け声だけでは国は変わらない。制度だけでも、政治だけでも、経済だけでも足りない。日本人一人ひとりが、自分自身に語りかけ、己の心を立て直すところから、国の再生は始まる。

宮司は、令和の日本人に申し上げたい。自分を軽く見てはならない。あなたの心の中に、まだ眠っている力がある。あなたが自分自身を説得し、もう一度立ち上がる時、その力は必ず目を覚ます。迷ったなら、祈れ。弱ったなら、背筋を伸ばせ。倒れたなら、もう一度立て。神々は、逃げずに立とうとする人を見捨てない。先人は、誠を尽くして歩む者を必ず見守っておられる。

自分自身への説得とは、自分を責めることではない。自分を信じさせることである。弱い心を抱えたまま、それでも前へ進むと決めることである。令和の日本人よ。人の声に揺れる前に、自分の心へ語りかけよ。世の流れに飲まれる前に、己の良心を呼び覚ませ。自分自身を説得できる人が増えた時、日本は再び強くなる。その静かな覚悟こそ、これからの時代を生き抜く日本人の心の柱なのである。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次