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安倍晋三元総理銅像建立

FOIPはいまなお中国を揺さぶる ― 安倍外交が遺した国家の品格

産経新聞は、安倍晋三元総理が平成26年にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議において、中国軍関係者から靖国神社参拝について厳しい質問を受けた際のやり取りを紹介している。

当時、中国軍関係者は、安倍元総理の靖国神社参拝を取り上げ、「日本軍に殺された何百万人もの中国、韓国人の魂にどのような姿勢を示すのか」と問い掛けた。

これに対し安倍元総理は、「国のために戦った方々に手を合わせ、ご冥福を祈るのは世界のリーダーに共通する姿勢である」と冷静に答え、日本は法を順守する平和国家として歩み続けると世界へ向けて語られた。

この記事を読み返し、改めて感じるのは、安倍元総理が守ろうとされたものは、一つの外交政策ではなく、日本という国家の品格そのものであったということである。

外交とは、相手を言い負かすことではない。また、相手の機嫌を損ねないように言葉を選び続けることでもない。国家として守るべき価値を明確に持ち、それを理をもって世界へ伝えることこそ、本来の外交である。

安倍元総理は、中国の質問に対して感情的になることも、相手を非難することもなかった。しかし、日本の立場を曖昧にすることもなかった。その姿勢には、一国の指導者としての風格と覚悟があった。

今日、世界を見渡せば、武力や経済力を背景に、自らの価値観を他国へ押し付けようとする動きが決して少なくない。そのような時代だからこそ、日本は何を基準として世界と向き合うのかという姿勢が、これまで以上に問われている。

安倍元総理が提唱された「自由で開かれたインド太平洋」は、その問いに対する一つの答えであった。

自由を守ること。

法の支配を守ること。

航行の自由を守ること。

国家の大小に関わらず、共通の国際秩序を守ること。

これは特定の国を排除する思想ではない。人類が長い歴史の中で築き上げてきた普遍的な秩序を守ろうという理念である。

しかし、その理念は今なお中国から強い批判を受け続けている。

なぜであろうか。

それは、この理念が現実に大きな力を持っているからである。

理念とは不思議なものである。軍事力は国境を越えにくい。しかし理念は、人の心を動かし、国と国を結び付ける。だからこそ、真に恐れるべきものは武器ではなく、多くの国々が共感する思想なのである。

安倍元総理が世界へ示されたFOIPは、まさにそのような理念であった。

日本、アメリカ、インド、オーストラリアのみならず、多くの国々が法の支配という価値を共有し始めたことは、日本外交における歴史的な成果と言ってよい。

宮司は、外交とは国家の人格であると思う。

人にも人格があるように、国家にも人格がある。

約束を守る国。

弱い国を威圧しない国。

法を尊び、礼節を重んじる国。

その積み重ねが、国家への信頼となる。

日本は古来より、武力だけによって国を築いてきた国ではない。徳を重んじ、約束を守り、自然を敬い、人との和を大切にしてきた民族である。その精神があるからこそ、世界は日本の言葉に耳を傾けるのである。

しかし、その信頼は一朝一夕に築かれたものではない。先人たちが長い年月をかけ、日本という国の信用を積み重ねてきた結果である。

だからこそ、その信用を失うことは容易であり、取り戻すことは極めて難しい。

近年、日本国内では、自国の歴史や文化を軽んじ、自信を失わせるような議論も少なくない。しかし、自国に誇りを持てない国民が、世界から尊敬される国家を築くことはできない。

安倍元総理は、そのことを誰よりも理解されていた。

だからこそ、歴史を学び、伝統を尊び、皇室を敬い、日本という国柄を世界へ堂々と語られたのである。

世界の国々は、自国の歴史に誇りを持っている。

自国の英雄を尊敬し、自国の文化を次の世代へ伝えている。

日本だけが、その誇りを持つことをためらう必要はない。

誇りとは、他国を見下すことではない。

自らの歩んできた歴史に責任を持ち、その上で未来をより良くしていこうとする決意である。

FOIPが世界へ受け入れられた理由も、そこにある。

武力による支配ではなく、法による秩序。

対立ではなく協調。

威圧ではなく信頼。

これは、日本人が長い歴史の中で育んできた価値観そのものである。

安倍元総理は、それを外交という形で世界へ示された。

いま、高市早苗総理は「進化したFOIP」を掲げ、その理念をさらに発展させようとしている。

安倍元総理が蒔かれた種は、決して途絶えてはいない。

それは日本外交の中に生き、世界の中に生き、そして私たち日本人一人ひとりの中にも生き続けている。

国家は政治家だけで支えられるものではない。

国家を支えるのは国民の精神である。

国民が歴史を学び、祖先を敬い、自らの仕事に誇りを持ち、地域を愛し、家族を大切にする。その積み重ねが、やがて国家の品格となり、世界から信頼される日本をつくるのである。

安倍元総理が遺された最大の功績は、日本が世界に対して理念を語る国になったことである。

戦後、日本は経済大国ではあっても、世界へ思想を示す国ではなかった。

しかし安倍元総理は、日本文明の中にある価値を世界へ示し、多くの国々を結び付けた。

これこそ、日本人が最も誇るべき外交遺産ではないだろうか。

安倍神像神社に建立された銅像は、一人の政治家を顕彰するためだけにあるのではない。

日本人は、どのような国家を築き、どのような未来を子や孫へ手渡すのか。

その問いを、世代を超えて語り続けるために建立されたものである。

国家の未来は、一人の政治家だけでは築くことはできない。

しかし、一人の政治家が示した志によって、国民の心が変わることはある。

安倍元総理が示された志は、今なお日本の進むべき道を照らしている。

私たちは、その灯を絶やしてはならない。

それこそが、安倍元総理への最大の感謝であり、未来の日本に対する私たちの責任なのである。

参考記事

産経新聞:産経ニュース
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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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