『古事記』に登場する豊玉比売命は、海を治める大綿津見神の娘であり、海神の宮において彦火火出見命と結ばれた女神である。彦火火出見命は、天照大御神の曾孫にあたり、山幸彦の名でも知られている。兄の海幸彦から借りた釣針を失い、それを探して海神の宮を訪れたことから、豊玉比売命との縁が結ばれた。二柱の間に生まれた御子が、後に神武天皇の父となる鵜葺草葺不合命である。
宮司は、豊玉比売命の物語を読むたびに、夫婦の信頼とは何か、人を愛するとは何か、そして命を次代へつなぐとは何かを考えさせられる。神々の物語でありながら、そこに描かれている心の動きは、現代を生きる私たちと少しも変わらない。
彦火火出見命が海神の宮から地上へ戻った後、豊玉比売命は海の彼方から夫のもとへやって来られた。すでに御子を身籠り、出産の時を迎えていた豊玉比売命は、天つ神の御子を海原で産むべきではないと考え、自ら地上へ赴かれたのである。
海辺の渚には、鵜の羽を屋根材として産屋が造られた。しかし、屋根を葺き終える前に陣痛が始まり、豊玉比売命は産屋へ入られた。そして夫である彦火火出見命に、ただ一つの願いを告げられた。
「私を見ないでください」
異国の者は、子を産む時になると、本来の国の姿に戻る。自分もまた、海神の娘としての姿に戻って御子を産むため、決して産屋の中を覗かないでほしいという願いであった。
宮司が思うに、これは単に姿を隠すための言葉ではない。愛する夫に託した切なる願いであり、二人の間に結ばれた信頼の約束であった。
しかし、彦火火出見命は、その言葉を不思議に思い、密かに産屋の中を覗いてしまわれた。そこには八尋の和邇となり、身をくねらせながら御子を産もうとする豊玉比売命の姿があった。彦火火出見命は驚き、恐れ、その場から逃げ出してしまわれた。
豊玉比売命は、夫に見られたことを知った。自らの本来の姿を見られたことを深く恥じ、産んだ御子を地上に残し、海の国へ帰ってしまわれた。そして、海と陸とを結んでいた海坂を、自ら塞がれたのである。
人と人との縁は、強いように見えて、実に繊細なものだ。長い年月をかけて築いた信頼であっても、たった一度の疑い、たった一度の約束違反によって深く傷つくことがある。
「少しだけならよいだろう」
「知られなければよいだろう」
その一瞬の弱さが、二度と元には戻らない別れを招くことがある。彦火火出見命が産屋を覗いたことも、決して悪意からではなかったであろう。しかし、悪意がなければ約束を破ってよいというものではない。
相手が見せたくないものを、無理に見ようとしない。語りたくないことを、力ずくで聞き出さない。相手の心の中へ土足で踏み込まない。それもまた、愛であり、日本人が大切にしてきた慎みである。
現代は、何でも知ろうとする時代になった。人の暮らしを覗き、人の心を詮索し、他人の秘密を暴き立てることが、まるで正義であるかのように扱われる。しかし、人には誰にでも、他人に踏み込まれたくない心の奥がある。
宮司は、真に人を信じるとは、相手のすべてを知ることではないと思っている。知らない部分があっても、相手を信じることだ。見えないから疑うのではなく、見えないものを敬う心。神前において目には見えない御神徳を感じ、畏れ敬う心にも通じるものがある。
豊玉比売命は、夫との約束が破られたことを恨まれた。しかし、その愛まで消えたわけではなかった。海の道を閉ざしながらも、地上に残した御子を思い、妹の玉依比売命を遣わして養育させた。そして、夫へ歌を贈られた。
赤玉は
緒さへ光れど
白玉の
君が装ひ
貴くありけり
赤い玉は、それを貫く緒までも光るほどに美しい。しかし、それ以上に白玉のようなあなたの姿は、気高く尊い。その歌には、別れた夫への変わらぬ思いが込められている。
約束を破られ、自らの姿を見られ、海の国へ帰らなければならなくなった。それでも豊玉比売命は、愛した人の尊さまで否定されなかった。宮司は、ここに豊玉比売命の心の気高さを見る。
人は傷つけられると、相手のすべてを憎もうとする。楽しかった日々も、受けた恩も、共に過ごした時間も、すべて偽りであったかのように否定してしまう。しかし、それでは、自らが抱いた愛まで汚すことになる。
憎しみや悲しみを抱きながらも、愛した事実を忘れない。別れながらも、相手の尊さを認める。豊玉比売命の歌には、愛とは相手を自分のものにすることではなく、相手の存在を尊ぶことだという教えが宿っている。
彦火火出見命もまた、豊玉比売命へ歌を返された。
沖つ鳥
鴨著く島に
我が率寝し
妹は忘れじ
世のことごとに
鴨の寄り着く島で、共に寝た愛しい妻のことを、私は生涯忘れない。その歌には、失って初めて知る愛の重さと、取り返すことのできない悔恨が滲んでいる。
人は、大切なものが目の前にある時には、その有難さに気づかない。家族がいること。帰る場所があること。自分を信じてくれる人がいること。それらを当然と思い、時として粗末にしてしまう。しかし、失われてからでは遅い。
宮司は、感謝とは失ってから口にする言葉ではないと考える。今ここにある縁を、今ここで大切にする心である。今日会える人に、明日も必ず会えるとは限らない。だからこそ、御縁に感謝し、誠実に向き合わなければならない。
豊玉比売命が産んだ御子は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命と名付けられた。産屋の屋根を葺き終えないうちに生まれたことに由来する御名である。
鵜葺草葺不合命は、豊玉比売命の妹であり、御子を養育した玉依比売命を妻として、四柱の御子をもうけられた。その末の御子が神倭伊波礼比古命、後の初代神武天皇である。
すなわち、豊玉比売命の命懸けの出産と、玉依比売命による養育、そして海神の系譜と天つ神の系譜との結びつきが、神武天皇へとつながっていくのである。
神武天皇は、突然この世に現れたのではない。多くの神々の御縁、母の愛、育てる者の献身、別れの悲しみ、そして命をつなごうとする祈りの果てに誕生された。
宮司は、皇統とは単なる名前や血筋の記録ではないと考えている。そこには、命を産み、育て、守り、次の世代へつないだ神々と祖先の祈りが幾重にも重なっている。日本の神話を学ぶとは、その祈りの連なりを知ることである。
『古事記』は、過去の神々を語るだけの書物ではない。人は約束を守らなければならないこと。見てはならぬものを慎むこと。愛する者を尊ぶこと。失う前に感謝すること。そして、命は自分一人だけのものではなく、祖先から子孫へ受け渡す尊いものであることを教えている。
豊玉比売命は、海の国へ帰られた。しかし、その愛は地上に残った。御子の命となり、歌となり、やがて神武天皇へとつながる皇統となって、日本の歴史の中に生き続けたのである。
姿は見えなくなっても、愛は消えない。離れていても、祈りは届く。人の真心は、時を越えて子孫の中に生き続ける。
宮司は、それこそが日本の神話であると思っている。
神話を忘れることは、祖先の祈りを忘れることだ。祖先の祈りを忘れた国は、自らがどこから来て、どこへ向かうべきかを見失う。
今こそ私たちは『古事記』を開き、神々の御心に静かに耳を澄ませなければならない。豊玉比売命の涙の中に、失ってはならない日本人の慎みと愛がある。その心を受け継ぎ、御縁を大切にし、約束を守り、感謝を忘れずに生きること。
それが、神話の国に生まれた私たちの務めなのである。