知を越えて、心を養う。令和に問い直す人間の根本

令和という時代は、物事の進みがあまりに速く、人の心がそれに追いつかぬまま置き去りにされているように映る。知識や技能は日々更新され、便利さは増していく一方で、人として何を大切にして生きるのかという根本が、静かに揺らいでいる。その揺らぎは、社会の隅々にまで及び、とりわけ子供たちの姿に濃く現れている。

宮司は、学業の優劣や肩書きの華やかさよりも、人の内に宿る温かさや、他者を思いやる心こそが、将来を支える礎になると考えてきた。一流の学校を出ていても、心が冷え切っていては、人の世を照らす存在にはなり得ない。知識だけが先走り、敬う心や恥を知る感覚が失われたとき、人は容易に一線を越えてしまう。その現実を、もはや他人事として見過ごすことはできない。

近代以降の教育は、効率と成果を重んじるあまり、人間そのものを育てる視点を弱めてきた。学校に任せておけばよいという風潮が広がり、家庭が本来担うべき役割が後景に退いてしまった。しかし、人の根は家庭において育まれる。そこにあるべきは、甘やかしとしての愛ではなく、敬いを伴った愛である。敬う心があるからこそ、人は自らを律し、より良くあろうと努める。恥を知るという感覚もまた、敬の延長線上にある。これが失われたとき、人は何をしても構わぬ存在へと変わってしまう。

徳性とは、生まれ持った性質ではあるが、磨かれなければ曇る。知識や技能は付属的なものであり、それ自体が人の価値を決めるものではない。修養を経てこそ、知識は見識へと変わり、その人ならではの重みを帯びてくる。修養なき博識は、雑多な情報の集積に過ぎず、人生を導く力とはなり得ない。だからこそ、日々の暮らしの中で、心を養う努力を怠ってはならない。

安岡正篤師父が説いたように、真の教養とは、人間としての在り方を問い続ける書に親しむことで培われる。専門書の多読ではなく、魂に響く一冊と向き合い続けることで、人格は静かに高められていく。その積み重ねは、やがて言葉や佇まいに滲み出て、周囲に影響を及ぼす。目立たずとも、確かな力となって広がっていく。

心を養う要は、無欲にある。無欲とは、何も望たぬことではない。向上すべき一点に心を集中させ、些末な事柄に振り回されぬ姿勢である。そこには、喜びと感謝があり、陰で人を支えようとする志が宿る。報いを求めずに施し、受けた恩を忘れぬ。この積み重ねが、人の器を大きくする。

人生において、地位や立場、持ち物が剥がれ落ちたとき、何が残るのか。何も残らぬ人であってはならない。すべてを失っても奪われぬもの、それが識見であり、信念であり、徳望である。心を一処に定めて尽くすとき、事は自然と通じ、物事は己と一つになって解けていく。求めるべきは、情報の多寡ではなく、心の深さである。

人がようやく物事の理に気づく頃、人生はすでに後半に差しかかっている。悟りと終わりが同じ字で語られるように、人生とはそうした構造を持つ。しかし、その暁に至るまでの歩みこそが尊い。だからこそ、若き世代には、早くから心を磨く道を示さねばならない。知を競う前に、徳を育てる。その営みが、この国の未来を静かに、しかし確かに支えていく。

混沌の時代であればこそ、目に見えぬものを尊び、心の軸を失わぬ生き方が求められている。宮司は、日々の祈りの中で、そのことを深く感じ続けている。人としての在り方を問い直すこと。それこそが、時代を越えて受け継がれる、日本人の精神性の核心なのである。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次