気魄の火を絶やさぬために

令和を生きる日本人の心のかたち

宮司は、時代の風が人の背中を丸め、志を小さく折り畳んでしまう光景に、強い危惧を覚えている。物は満ち、便利さは極まり、指先一つで世界の情報が手に入る世の中になった。しかし、それと引き換えに、人の胸の奥に燃えていたはずの火が、いつの間にか弱まり、息を潜めてはいないだろうか。

人が人として立つための第一の柱は、内より湧き上がる気魄である。嵐の夜に灯る篝火のように、風に煽られれば煽られるほど、かえって赤々と燃え盛る力。困難に直面したとき、逃げ場を探すのではなく、一歩前へ踏み出す勇気。たとえ孤立しても正しいと思う道を歩む覚悟。これらは書物の中に眠っている徳目ではなく、日々の選択の一つ一つの中で磨かれる、生きた力である。

この気魄の源は、遠くの理想だけにあるのではない。足元にある今日という一日を深く味わい、今この瞬間に与えられた務めを尊ぶ心から生まれる。朝の一椀の味噌汁をありがたく味わい、夕暮れの空の色に季節の移ろいを感じる。そのような小さな感受性の積み重ねが、心に養分を与え、やがて困難に耐え抜く力となる。

人は知を蓄えることで賢くなった気になりやすい。しかし、頭に収めた言葉が足に伝わらなければ、知はただの飾りにすぎない。良いと知ったなら実際に行う。正しいと悟ったなら、損得を超えて実行する。学びと実践が一つに結ばれたとき、知は初めて生きた智慧へと変わる。

さらに一歩進めば、見識が人の背骨となり、胆力が人の芯となる。風向きが変わるたびに言葉を変えるのではなく、世の潮流に抗う覚悟を持つ。称賛される場では胸を張り、非難される場ではなお静かに己を律する。その姿は、深い根を張った老杉のように、嵐の中でも揺らぎながら倒れない。

宮司が理想とする人物像は、肩書きの高さや声の大きさでは測れない。強きに媚びず、弱きに寄り添い、うわさ話や中傷に心を乱されない。己の不遇を他者や社会のせいにするのではなく、まず自らの責任を引き受ける。雨の日に濡れるのを天候のせいにするのではなく、傘を差す手を持つのと同じく、生き方もまた自らの手で整えるものだからである。

この国の精神の背骨は、華やかな言葉ではなく、黙々と続けられてきた日々の営みの中に息づいてきた。田を耕す鍬の重み、祭りを支える裏方の労苦、困っている隣人に差し出される一杯の水。そうした一つ一つが、川底に沈む玉石のように積み重なり、やがて大河となって国のかたちを形づくってきた。

人物を磨く道に近道はない。良き師に出会い、良き書に親しみ、歴史の中で風雪に耐え抜いた先人の歩みに学ぶこと。さらに、現実の出来事の中で心を鍛えること。机上の徳目を掲げるだけでなく、現場の泥に足を取られながらも前へ進む経験こそが、人を真に鍛える砥石となる。

宮司は願う。次の世代が、安易な快楽に流される小舟ではなく、荒海を越える帆船のような心を持つことを。帆は風を受けてこそ進む。逆風もまた、進むための力となる。時代の荒波に揉まれながらも、胸の奥に宿る火を絶やさず、静かな誇りを灯し続ける人々が増えるならば、この国の未来は必ずや明るい。

今日を大切に生き、学んだことを行いに移し、責任から逃げず、他者の痛みに耳を澄ます。その積み重ねが、やがて大地の下で連なり、見えぬところから国の背骨を支える。宮司は、その連なりこそが、未来へ受け渡すべき心の遺産であると信じてやまない。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次