夢と目標が人を生かす。志なき命に花は咲かぬ

人は何のために生きるのか。この問いに答えを持たぬ者は、方向のない流れに漂う木の葉と同じだ。波に翻弄され、風に押し流され、どこへ向かうとも知れぬまま時を重ねていく。宮司は、夢と目標を持つことを、人間として生まれてきた者の責務と考えている。天が人にそれぞれの命を与えたのは、それぞれに担うべき使命があるからだ。その使命を探し、言葉にし、日々の道標として掲げることが、まず最初の一歩となる。

吉田松陰先生は「志を立てるのに遅すぎることはない」と説いた。二十代であれ、六十代であれ、七十代であれ、志を立てた瞬間から人は歩み出すことができる。年齢は言い訳にならない。宮司は、志を立てる行為そのものに、天の後押しを引き寄せる力があると信じている。口に出し、紙に書き、鏡の前で確認する。そこから、思わぬ縁と機会が動き出すことを、長い人生の中で幾度も目の当たりにしてきた。

夢と目標には、大小の別はない。安倍晋三元総理の銅像を建立するという壮大な夢も、毎朝早起きして神前に手を合わせるという小さな誓いも、等しく尊い。大切なのは、それが本当に己の魂から湧き出たものかどうかだ。見栄や体裁のために掲げた目標は、困難の前に容易く折れる。しかし魂の底から発した志は、嵐の夜にも消えない炎のように、人を前へと引っ張り続ける。宮司は、この違いを人生という長い旅路の中で骨身に沁みて知っている。

夢を持つ者の顔は輝いている。同じ八十代、同じ九十代でも、志を持って生きる者と持たぬ者では、目の光が根本から違う。生きがいとは、長寿の薬よりも確かに命を活かし続けるものだ。宮司が今なお燃え続けていられるのは、次世代へ伝えるべきものがあるという使命感に他ならない。その使命感が、疲れた体を動かし、くじけそうな心を立て直し、明日への一歩を踏み出させる。

今こそ、夢と目標を声に出す時だ。令和の時代を生きる日本人よ、世の流れに流されることなく、自らの志を掲げよ。「強く、明るく、正しく、清く」生きるという誓いが、国を変え、時代を変える。一人ひとりの夢の灯火が集まるとき、日本の夜明けは再び訪れる。宮司は、その日を信じ、今日も筆を執り、祈りを捧げる。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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