不屈の心が拓く道。塙保己一に学ぶ大和魂

人は、自分に与えられた条件に、どのように向き合うのか。その問いへの答えが、日本人の真の強さを示す。宮司は、江戸時代の盲目の学者・塙保己一の人生を思うとき、現代日本が失いかけている何かの本質を見出すのだ。

「さてさて、目あきというものは不自由なものよなあ」。これは塙保己一が放った一言である。失明という絶望的な状況にあって、彼は、逆説的な洞察で、自分の状況を見つめ直した。目が見える者は、その見えることに依存し、新たな方法を創造することができない。だが、見えない者は、他の感覚を研ぎ澄ます他はない。そこに、真の自由が生まれるのだ。

塙保己一は、延享三年(1746年)、武蔵国に農家の長男として生まれた。だが、7歳のとき、病気によって失明した。その時点で、当時の世では、彼の人生は定められていた。目の不自由な者が進む道は、決まっていたのだ。鍼、按摩、琴、三味線。盲目の者が行う定められた仕事である。

だが、保己一の心は、別の道を指していた。彼は、学問がしたかった。書物を読み、知識を深め、この世の真理に向き合いたかった。15歳で江戸に出て、雨富検校の門に入った彼は、最初、鍼や按摩の修行を余儀なくされた。しかし、その道は彼のものではなかった。一年で、彼は絶望した。そして、川に身を投じた。

その死の淵から、彼を救ったのは誰か。それは、師匠・雨富検校の言葉であった。「博打と盗みはいけないが、好きな道を目指すのは結構なこと。これから三年間は面倒をみよう。しかし、見込みがなければ故郷に帰すとしよう」。この一言が、保己一の人生を変えた。

ここに、大和魂の本質がある。

不遇を受けたとき、逆境に直面したとき、日本人は、そこで終わるのではなく、自分の内に秘められた可能性に目を向ける。保己一は、失明という絶対的な障害の中で、その絶望を、学問の道を進むための動力に変えたのだ。

隣家の旗本・松平乗尹は、この少年の才を見抜き、多くの学者を紹介してくれた。保己一は、書を見ることはできない。だが、人が読み聞かせる言葉を、すべて暗記した。不可能を可能にするために、彼は、自分の記憶力を研ぎ澄ましたのだ。

34歳のとき、保己一は、一つの大業を志した。それが、『群書類従』の編纂である。日本全国に散らばる古書を集め、一つの大全集にまとめるという、およそ40年を要する事業であった。当時、書物は、版木が朽ちれば、その知識は消える運命にあった。保己一は、その散逸から日本の古智を救うために、この事業に身を捧げたのだ。

40年。この時間の重さを、現代人は理解できるだろうか。失明した学者が、見えない状況の中で、40年間、古書を集め、校訂し、出版する。その執念は、単なる個人の夢ではなく、日本という国家の精神を保存しようという、深い志によって支えられていたのだ。

毎日、般若心経を100回読んだ。それが1000日、さらに2000日と続き、最終的には220万回を超えたという。この修行の中に、宮司は、日本の武士道の精神を見出す。不撓不屈。如何なる困難の中にも、心を折らず、毎日毎日、自分の修行を積み重ねていく。その姿勢が、やがて大業を成し遂げるのだ。

版木屋の話を忘れてはならない。雪の日、保己一の鼻緒が切れた。店の者は、見えない学者を馬鹿にして、紐を放り投げた。保己一は、手探りで紐を探す。その姿を見て、店の者は笑った。

だが、保己一は、その辱めを忘れなかった。その後、自分が『群書類従』の版元を推薦するという地位を得たとき、彼は、その版木屋を推薦したのだ。

「私が今日あるのは、あの時の皆様の冷たい態度のお陰です。目が悪くても、人から必要とされる人間になれば、決してあのような態度をされないだろうと、努力を積み重ねたのです」。

この言葉の中に、宮司は、大和魂の本質を見出すのだ。それは、報復ではない。復讐ではない。自分を貶めた者に対して、自分がなしえたことで、無言のうちに、その人間を昇華させる。そこに、深い愛がある。恨みではなく、その人さえも活かすという日本人の精神がある。

現在、日本は、多くの困難に直面している。経済の停滞、社会的な不安定性、精神的な空虚感。だが、宮司は思う。塙保己一の時代も、彼自身の人生も、決して楽ではなかった。それでも、彼は、その困難を、日本という国家を支える学問へと昇華させたのだ。

令和の時代を生きる日本人は、塙保己一の人生から、何を学ぶべきか。

第一に、与えられた条件に甘えるな、ということである。失明という絶対的な障害があっても、彼は、その中で自分のなすべきことを見つけた。現代人は、便利さに甘えて、自分の本当にすべきことを忘れていないか。

第二に、一つの大業を成し遂げるには、長年の修行が必要だ、ということである。40年。そして220万回の般若心経。この継続する力が、今の日本人に足りていないのではないか。

第三に、自分のなしたことで、他者をも昇華させよ、ということである。塙保己一は、自分の学問を、個人の栄光のためにではなく、日本という国家の精神の保存のために、ささげたのだ。

宮司は思う。今こそ、日本人の心に、塙保己一のような精神を呼び覚まさねばならない時ではないか。

困難の中で心を折らず、毎日毎日、自分の修行を続ける。その積み重ねの中にこそ、真の強さが生まれる。そして、その力を、自分のためではなく、この国の未来のために、ささげるのだ。

不屈の心。継続の力。そして、無私の志。これらが、大和魂の本質である。

塙保己一は、失明という絶対的な不幸の中にあって、その不幸を、日本という国家を支える知識へと変えたのだ。彼の人生そのものが、大和魂の輝きを示しているのである。

甦れ、日本。甦れ、困難に立ち向かい、長年の修行を積み重ねる、日本人の精神。甦れ、自分のためではなく、国家の未来のために、身を捧げる、大和魂。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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