MENU
PR

日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

Amazonで国旗を見る
皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

Amazonで書籍を見る
日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

グランドゼロに立った宮司。9・11から25年、鎮魂の祈りが結んだ絆

宮司はこの数日、体調が優れず、床に伏せっていた。9月11日が近づくと、決まって身体の力が抜け、起き上がることさえ難しくなる。それは、25年前のあの日の記憶と、今も切れずに繋がっているからである。

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロが起きた。4機の旅客機がハイジャックされ、そのうちの2機がニューヨークの世界貿易センタービルに突入し、崩れ落ちた。その直後、宮司はただ一人、ニューヨークへ向かった。行き先は、崩壊したばかりのビルの跡地、通称グランドゼロである。あれから、ちょうど25年が過ぎた。

宮司をこの渡航へ突き動かしたのは、神社庁からの指示でも、誰かの依頼でもない。ある夜、夢に神が現れ、「ニューヨークのグランドゼロの現場に行きなさい」と告げられた。何が何だかわからぬまま、宮司は多くの死者の鎮魂のために、単身、太平洋を渡った。日本人の宮司として、どこかの組織から命じられたのではない。ただ、神から命じられて、アメリカに渡ったのである。

日本の神職の正装である狩衣をまとい、烏帽子をかぶり、笏を手にした宮司が、崩壊現場の近くを歩くと、アメリカ人たちは一様に驚いた。すぐに警官が駆け寄り、『ノーノー』と、押し止めようとした。だが宮司は言葉を尽くすまでもなく、フェンスの前に座り、静かに祈り始めた。

やがて警官は、フェンス前で祈ることを許した。それどころか、いつしか自らも地に膝をつき、共に祈り始めたのである。周囲の人々に、「この人は、日本からわざわざ、テロで亡くなった人々の魂を鎮めるために来てくれたのだ」と説明し、宮司の名刺を配って回った。日の丸の旗をフェンスに掲げるのを、手伝ってくれる者もいた。

宮司は、フェンスの前に祭壇を組み、神饌を供え、祝詞をあげた。テープレコーダーから雅楽が流れ、修祓を始めると、周りを取り囲んでいた外国人たちが、初めて膝をついた。多くの人が、宮司とともに祈り始めたのである。

白紙の祝詞は、次々に言霊を発した。「世界平和の共存共栄を祈り、人が人を殺しあう愚かなことを無くし給へと祈る」。殺せば殺され、力には力で、恨みには恨みでしかない。人間と人間が争うことの、なんと虚しいことか。宮司の手にした笏は、震え、涙に濡れた。

ニューヨーク市民が次々と訪れ、感謝の握手を求めた。作業員の作業服に、宮司が「世界は、皆んな家族」と日本語で書きつけると、その作業員は、宮司をきつく抱きしめた。日本の宮司として初めて、3日間にわたる鎮魂の式典を、崩壊現場で号泣しながら執り行ったのである。

宮司にとって、これが初めての被災地行脚ではなかった。阪神・淡路大震災の折も、東日本大震災の折も、宮司は誰に命じられるでもなく、被災地へ足を運んだ。祭壇を組み、神饌を供え、膝をついて祈った。大きな災いがあれば、そこには無念のうちに亡くなった人々の御霊が浮遊している。それを鎮め、天へ送り届けることこそ、神職の務めであると、宮司は信じている。

あの祈りから25年が経った今も、宮司は9月11日の前後になると、体調を崩す。わけもなく涙があふれ、身体が大きく揺れることがある。無念のうちに死んでいった人々の魂の叫びが、今も宮司の身体に呼び戻されるからだろうか。宮司は思う。あの3日間、たしかに多くの死者の魂を、この身に受けたのだと。

鎮魂とは、単なる儀式ではない。国も、民族も、宗教も、言葉も違う者たちが、同じ悲しみの前に膝をつき、ともに涙を流すことである。アメリカの神も、イスラムの神も、日本の神々も、すべては人間を幸せにするために在る。それを、宗教や主義の名のもとに争わせることほど、愚かなことはない。

誰に頼まれたわけでもなく、報酬があるわけでもない。それでも太平洋を越えたのは、私利私欲を離れた、澄んだ一心があったからである。宮司はこれを「素心」と呼ぶ。これは、宮司の神職における名前である。損得を離れ、ただ死者を悼み、生者の平安を願う。その一心が、言葉の通じぬ異国の警官の膝をも折り、見知らぬ市民の涙をも誘ったのだと、宮司は信じている。

令和の今も、世界のどこかで、戦争とテロは絶えない。憎しみが憎しみを呼び、報復が報復を呼ぶ。だが、宮司がグランドゼロで学んだのは、罪は憎んでも、人は憎んではならないということである。国境を越え、宗教を越えて、人はただ、人であるがゆえに、いとおしい。

令和を生きる若者たちよ。あなたの周りにも、国籍や信仰の違いを理由に、心を閉ざしてしまう場面があるかもしれない。だが、どうか思い出してほしい。フェンスの前で、見知らぬ国の宮司と共に膝をついた、あのニューヨークの人々の姿を。悲しみは、言葉や国境を越えて、通じ合うことができるのである。それを知っているだけで、世界の見え方は変わるはずだ。

笏を持つ 手にわが涙 流れ落つ グランドゼロの 慰霊祭仕ふ

宮司は今日も、あの日の光景を胸に、神前に祈る。世界はみんな家族であることを。多くの無念の御霊が、安らかに鎮まりますことを。そして、二度と、人が人を殺しあう愚かな争いが起きぬことを。

PR

日本の伝統と文化を、暮らしの中へ

国旗、皇室の祈り、和紙、日本茶など、日本の文化を身近に感じられる品をご案内します。

国旗

日本製の日の丸

軽く、しわになりにくい生地を用いた日本製の国旗です。家庭や事業所での掲揚に。

Amazonで国旗を見る
皇室・祭祀

『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』

天皇の祈りと宮中祭祀について学び、日本の伝統への理解を深めるための一冊です。

Amazonで書籍を見る
日本茶・海苔

山本山オンラインショップ

江戸時代から続く老舗の日本茶と海苔。日々の食卓や、大切な方への贈り物に。

江戸の文化と味を未来へ

日本製・越前和紙の御朱印帳

ちりめん生地と越前和紙を用いた、日本製の御朱印帳です。参拝の記録を大切に残す一冊として。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次