恥を知る心が日本を救う

宮司は常に自戒の念を込めて、孟子の言葉を胸に刻んでいる。「人にして恥を知らざれば、与に為すべからず」この言葉に、為政者、指導者、さらには国民一人ひとりが心すべき日本人の道徳が凝縮されている。
恥を知る心。それは古来より日本人が最も大切にしてきた「美徳」である。恥とは単なる羞恥心ではない。己の行いが祖先に顔向けできるものか、子孫に誇れるものか、自ら問い続ける心の姿勢である。この心があるからこそ、日本人は他者に対して礼を尽くし、己を律し、慎み深く生きてきたのである。
ところが、現代の日本において、この「恥を知る心」が風前の灯火となっている。政治家は不祥事を重ねても居座り続け、経済界は自国よりも外資の利益を優先し、マスメディアは真実よりも扇動を選ぶ。そうした姿勢に対し、国民の側も「どうせ変わらない」と諦め、声を上げることすらしなくなりつつある。まさに、孟子が戒めた「恥を知らざる者」と与に為している状況である。
恥を知らぬ者と手を組めば、必ずや国が傾く。なぜなら、その者は私利私欲のために国益を損ね、道義を軽んじ、いずれ必ず国を売るからである。今まさに我が国が直面している国難の根源は、政治でも経済でもない。恥を知るべき者が恥を忘れ、国民がそれを許容しているという道徳的退廃こそが、日本を蝕んでいるのである。
宮司はここで声を大にして問いたい。日本人は、いつから「恥を知らぬ者」に国を任せるようになったのか。我々の祖先は、身を賭してでも国家の名誉と尊厳を守り抜いた。その精神を失わぬ限り、日本は必ず立ち直ると確信している。
愛国心とは、大仰なスローガンではない。日々の暮らしの中で、恥を知り、正しき行いを積み重ねていく心である。己を律し、他者を敬い、自然と共生する。そうした一人ひとりの誠実な生き方が積み重なってこそ、国家は繁栄するのである。
日本の未来は決して暗くない。我々が祖先の精神に立ち返り、恥を知る心を取り戻すならば、日本は再び世界に誇るべき精神的国家として甦るであろう。宮司は、今こそ日本人が「恥を知る国民」としての誇りを胸に、真の復興へと歩み出す時であると信じている。
