自己暗示という言葉を、宮司はこのごろ繰り返し思う

「私にはどうせできない」「できるかどうか分からない」そんな言葉を口にしたり、頭の中で繰り返したりするとき、人はすでに己の可能性を自らの手で縛っている。声に出すまでもない。心の内でただ呟くだけで、その言葉は静かに、しかし確実に根を張っていく。宮司は、それを「見えない縄」と呼んでいる。
大和の言葉には古くから「言霊(ことだま)」という思想がある。言葉には魂が宿り、口から発せられたものは現実を形づくる力を持つ、という信仰である。これは単なる民俗的な語り草ではない。人の心の働きを精緻に観察してきた祖先たちの、深い洞察から生まれた真理である。日本人はかつて、言葉を粗末に扱うことを恐れた。不吉な言葉を口にしないよう、物忌みをし、言い換えを工夫し、言葉の清潔さを保つことを美徳とした。
翻って現代はどうか。「どうせ無理だ」「自分には才能がない」「何をやってもうまくいかない」こうした言葉が、日常の雑談の中に当たり前のように混じっている。謙遜のつもりであろうか。あるいは傷つく前に自らを守る、一種の心の鎧なのかもしれない。だが宮司は思う。鎧はやがて牢獄になる、と。
人の心は、繰り返し与えられた言葉や像を、やがて「真実」として受け取るようになる。それは脳の性質であり、魂の習性でもある。ネガティブな自己暗示を重ね続ければ、心は本当にその通りの形に固まっていく。反対に、ポジティブな言葉を繰り返し自らに与え続ければ、心はその言葉に応えるように育っていく。これは根拠のない楽観主義ではない。言霊の思想が伝えてきた、人の心の真相である。
宮司が若い頃、大阪の街で警察官として働いていたとき、修羅場を幾度も経験した。凶刃が走る現場、暴動の炎、生と死の境界が曖昧になる瞬間。そのたびに宮司を支えたのは、技術や体力だけではなかった。「自分はここで倒れない」「この場を必ず収める」という内なる言葉が、体を動かし続けた。言葉が先にあり、体がそれに従った。宮司はそのことを骨身で知っている。
大和心とは何か、と問われれば、宮司はこう答える。それは「諦めない魂」である、と。この国の祖先たちは、どれほどの苦難の中にあっても、内なる灯を消さなかった。農地を洪水に流されても翌春また種を蒔いた。戦乱で社が焼けても、手を合わせる場所を作り直した。敗戦の廃墟の中でも、子どもたちを学校に送り出した。その底力の源泉は、諦めを知らない言霊の文化にあったのではないか。
ネガティブを追い出す、という言葉は軽く聞こえるかもしれない。しかし宮司はそれを修行の言葉として受け取る。ネガティブな言葉を心から追い出すには、ただ「明るく考えよう」と念じるだけでは足りない。日々の所作の中で、言葉を選び直す練習が要る。朝に目覚めたとき、「今日も生きている」と静かに呟く。神前に額ずくとき、「この命は守られている」と感謝を述べる。夜に床につくとき、「今日一日を全うした」と心に刻む。こうした小さな言葉の積み重ねが、心の地を少しずつ変えていく。
ポジティブな自己暗示が染み付けば、人はその通りの人間になれる。これは誇張でも虚言でもない。言霊の国・日本に生まれた者として、宮司はこの言葉を真剣に受け取る。日本人の精神とは、鍛えることのできる精神である。柔らかい粘土のようなものだ。どんな形にも成り得る可能性が、最初から与えられている。その粘土を「どうせ無理だ」という型に押し込めば、そういう形になる。「私はできる」「私はなれる」という型に丁寧に当てはめれば、その通りに育っていく。
宮司は、この国に生きるすべての人に問いたい。あなたは今日、自分にどんな言葉を贈っているか、と。誰かに優しい言葉をかけることは大切だ。だがそれ以前に、己自身への言葉を見直してほしい。毎日最も多く接する相手は、他の誰でもない、自分自身である。その自分に向かって日々ネガティブな言葉を投げ続けていれば、心は少しずつ傷んでいく。反対に、温かく誠実な言葉を贈り続ければ、心は健やかに育つ。
大和心を継承するとは、英雄の逸話を暗記することではない。祖先の偉業を称えることだけでもない。それは、日常の言葉の中に誇りを宿し、内なる言霊を清潔に保つことである。己を見限らず、己を信じ、己に語りかけ続けること。その地道な営みこそが、大和の精神を現代に生きた形で継いでいくことになる。
ネガティブを追い出しましょう。それは、己の魂を取り戻すための第一歩である。
