除幕式前日。已むに已まれぬ祈り、ついに明日へ

いよいよ明日、6月8日午前10時、安倍晋三元総理大臣之銅像除幕式が斎行される。この日を目前にして、宮司の胸中には、言葉では尽くしがたい思いが静かに、しかし烈しく込み上げてくる。
安倍晋三元総理が奈良県西大寺の駅前広場において、選挙演説中、凶弾に斃れられたあの日から、宮司の心は幾度となく泣いた。夢半ばにして世を去られた総理の無念を思えば、悔しくて、悔しくて、胸の奥が締めつけられるようであった。「どうしたげんにゃあいけんのかい。自分は何をしたげんにゃあいけんのかいのう」。その問いを、宮司は日々、自らの魂に投げかけてきた。
やがて、その問いの底から一つの答えが浮かび上がった。尊敬の念をただ胸中に秘めるだけでは足りない。安倍晋三元総理がこの国に遺された志を、後世の日本人に伝える形として残さねばならない。そうして、安倍晋三元総理之銅像建立の志が生まれたのである。
最初に建立を願った場所は、やはり我が故郷、山口県の萩か下関であった。次に、第2の故郷ともいえる奈良県、西大寺の地も考えた。しかし相談する先々で、「今は安倍叩きが厳しい。銅像建立は時期尚早である。石碑ほどならともかく、銅像はあまりに大きい。もう少し時を待つべきだ」と諭された。山口の同志も、奈良の知人も、東京の親しい宮司方も、皆それぞれに宮司の身を案じてくれたのである。
けれども、宮司の心には、安岡正篤師父の教えが響いていた。自分が正しいと思うなら、たとえ何万人の敵があろうとも体当たりすべきである。良いと知りながら、それを為さぬのは勇氣なきことである。良いと知ったならば、これを致す。これこそ致良知である。浩然の気とは、世間の風向きを見て立つものではない。己の利害を超え、国のため、後世のため、ただ正しいと信ずる道に立つところにこそ、人間の真価がある。
最後に、愛妻デミさんに相談した。するとデミさんは、「どうぞ、どうぞ、どうぞ」と言ってくれた。「あなたは言い出したら、已むに已まれず、やる人だから。止めても無駄だから」。そのひと言が、どれほど宮司の背中を押してくれたことか。宮司はそこに、天の許しと家族の祈りを感じた。
それから、安倍晋三元総理之銅像建立祈願のため、自己流の二千日回峰早朝修行を始めた。午前2時30分に起床し、午前4時に出発し、午前6時に山頂へ至る。雨の日も、風の日も、日曜も祭日もなく、ただ祈りを重ねてきた。愛妻デミさんの山頂弁当をいただきながら、安倍元総理の御霊に手を合わせ、日本の未来に祈りを捧げ続けた。そして、いま1090日目を達成したのである。この道はまだ半ば。まだまだ続く。
明日、令和8年6月8日。安倍昭恵夫人をお迎えし、全国から多くの方々が安倍神像神社、鎮魂の丘へ参列される。宮司の夢であり、目標であり、祈りであったものが、いよいよ形となって現れる。思えば、この道は決して平坦ではなかった。しかし、明日の日を迎えられる今、これまでの苦労も、孤独も、悔しさも、すべてが感謝へと変わってゆく。
銅像とは、単なる金属の像ではない。それは、志を形にしたものである。時代に流されぬ信念の証であり、後の世の日本人に向けて立てられる静かな問いである。あなたはこの国を愛しているか。あなたはこの国の未来のために、何を残すのか。あなたは尊き志を、ただ悲しみの中に終わらせてはいないか。
安倍晋三元総理の志は、明日、鎮魂の丘に立つ。それは宮司一人の力ではない。全国の皆様の祈り、ご支援、励まし、そして安倍神像神社崇敬会、除幕式実行委員会の皆様の尽力によって、ここまで来ることができた。
全国の皆さん、本当にありがとうございます。安倍神像神社崇敬会役員の皆さん、本当にありがとうございます。除幕式実行委員会役員の皆さん、本当にありがとうございます。そして、愛妻デミさん、特別にありがとうございます。
明日、鎮魂の丘において、宮司はただ一心に祈る。安倍晋三元総理の御霊よ、どうか安らかに。そして、どうか日本をお守りください。
