参詣者を迎える日々。祈りの場に宿るおもてなしの心

令和8年6月8日、安倍晋三元総理の銅像除幕式を無事に斎行して以来、安倍神像神社には、ひっきりなしに人が訪れるようになった。

新聞に載り、動画で報じられ、SNSで広がり、遠くの町に住む方々の目にも、この山里の小さな神社のことが届いた。ありがたいことである。実に、ありがたいことである。宮司は、訪れる方々の姿を見るたびに、静かに手を合わせる。安倍元総理の御霊を慰めたい。御遺徳を偲びたい。日本の未来を思い、もう一度、自分の心を正したい。そのような真心が、車を走らせ、山道を越え、この地へ人を運んでいるのである。

宮司は思う。人が来るということは、単に賑わうということではない。そこに祈りが来るということである。そこに感謝が来るということである。そこに、亡き人を偲び、先人の志を受け継ごうとする心が来るということである。だから、宮司は一人一人を粗末にはできない。遠くから来られた方にも、近くから来られた方にも、初めてお会いする方にも、何度も足を運んでくださる方にも、同じように頭を下げ、同じように言葉をかけ、同じように感謝を申し上げる。

しかし、宮司の体は84歳である。

若い頃のようにはいかない。朝早く起き、神前を整え、境内を清め、訪れる方を迎え、説明をし、祈りを捧げ、また次の方を迎える。電話が鳴る。問い合わせが来る。道を尋ねる方がいる。写真を撮りたい方がいる。安倍元総理とのご縁を聞きたい方がいる。銅像建立に込めた思いを知りたい方がいる。中には、涙を浮かべながら手を合わせる方もいる。その一つ一つに、宮司は心を込めて向き合う。

夕方になれば、足は重い。腰は痛む。背中は張る。声もかすれる。体は、もう休ませてくれと訴えてくる。84歳の体が悲鳴を上げているのを、宮司自身が一番よく分かっている。それでも、参詣者の姿が見えれば、宮司は立つ。笑顔で迎える。ようこそお参りくださいました、と申し上げる。

なぜ、そこまでするのか。

それは、参詣者を迎えることもまた、祈りだからである。

神社の務めとは、祝詞を奏上することだけではない。榊を捧げることだけでもない。社殿を守ることだけでもない。神社へ足を運んでくださった方の心を、少しでも清らかに、少しでも明るくしてお帰りいただくこと。それもまた、神に仕える者の大切な務めである。おもてなしとは、派手なことをすることではない。立派な設備を整えることだけでもない。相手の心を思い、相手の疲れを思い、相手の祈りを大切にすることである。

宮司は、参詣者の顔を見る。長い道のりを運転して来られたであろう方がいる。仕事の合間を縫って来られたであろう方がいる。家族を連れて来られた方がいる。一人で静かに手を合わせに来られた方がいる。安倍元総理を生前より深く敬愛していた方もいる。報道を見て初めて関心を持たれた方もいる。それぞれの人生があり、それぞれの思いがある。その思いを、宮司は軽く扱いたくないのである。

安倍元総理の銅像は、阿南町の空の下に立った。だが、銅像が立っただけでは、祈りの場は完成しない。人が訪れ、手を合わせ、語り合い、涙を流し、感謝を捧げ、また日常へ帰っていく。その繰り返しの中で、銅像は生きた場となる。神社もまた、生きた場となる。祈りは、石や銅の中だけに宿るのではない。そこに集う人の心に宿るのである。

宮司は、訪れる方々に安倍元総理のことを語る。日本を思い、世界の中で日本が誇りを失わぬよう働かれた方であること。困難の中でも退かず、批判の中でも国の未来を見つめ続けた方であること。そして、その御志を偲ぶとは、ただ銅像を見上げることではなく、自分自身の生き方を正すことであることを伝える。

家庭を大切にする。父母を敬う。祖先に感謝する。地域を守る。神前に手を合わせる。言葉を粗末にしない。約束を守る。困難が来ても簡単に諦めない。小さなことのように見えて、それこそが国の土台である。国家とは、遠いところにある抽象ではない。国家とは、一人一人の日々の心と行いの中にある。安倍元総理の御志を受け継ぐとは、まずそこから始まるのではないか。

報道は一瞬である。しかし、その一瞬を見た人が、この地へ来る。来た人が手を合わせる。手を合わせた人が、何かを胸に抱いて帰る。そしてその人が、家庭で、職場で、地域で、少しだけ言葉を正し、心を正し、行いを正すならば、報道の一瞬は一過性では終わらない。祈りは、次の祈りを生む。真心は、次の真心を呼ぶ。小さな山里に生まれた祈りの輪は、静かに、しかし確かに広がっていく。

宮司は、この忙しさを不満には思っていない。むしろ、ありがたいことだと思っている。84歳の体には堪える。眠りたい日もある。座り込みたい時もある。もう少し若ければ、もっと軽やかに動けただろうと思うこともある。しかし、命ある限り、務めはある。体が疲れるということは、それだけ人を迎えたということである。声がかすれるということは、それだけ御志を伝えたということである。足が痛むということは、それだけ神社のために立ったということである。

苦労は、ただ苦しいだけではない。苦労の中に、感謝がある。疲れの中に、喜びがある。体の痛みの中に、御霊への報恩がある。宮司は、そのことを日々、身をもって教えられている。

もちろん、宮司一人の力で参詣者を迎え続けることはできない。支えてくださる方がいる。声をかけてくださる方がいる。掃除を手伝ってくださる方がいる。情報を広げてくださる方がいる。遠くから励ましを送ってくださる方がいる。その一つ一つの真心が、神社を支えている。神社は宮司だけのものではない。祈る人、支える人、伝える人、訪れる人、そのすべての心によって守られているのである。

宮司は、安倍神像神社を訪れてくださる皆様に、心より御礼を申し上げたい。遠方よりお越しくださる皆様、報道を見て関心を寄せてくださる皆様、安倍元総理の御霊に手を合わせてくださる皆様、本当にありがとうございます。

どうか、参詣の折には、銅像の前で静かに手を合わせていただきたい。そして、安倍元総理に何かを願うだけではなく、自分自身に問いかけていただきたい。私は今日、何を守るのか。私は誰に感謝するのか。私は次の世代へ、何を手渡すのか。その問いを持って帰っていただくならば、この神社に来られた意味は、きっと深いものとなる。

令和8年6月8日以来、安倍神像神社の日常は大きく変わった。静かな山里に、人の足音が続いている。車の音が聞こえる。手を合わせる姿がある。写真を撮る姿がある。語り合う声がある。その一つ一つが、宮司にはありがたく、尊い。

銅像は立った。祈りの場は開かれた。次に大切なのは、この場を守り続けることである。清掃を続け、祭祀を続け、祈りを続け、参詣者を迎え続けることである。体が疲れても、心は疲れさせてはならない。足が痛んでも、迎える真心は痛ませてはならない。声がかすれても、感謝の言葉は失ってはならない。

宮司は思う。人を迎えるとは、神を迎える心である。参詣者の背後には、その人の父母があり、祖先があり、暮らしがあり、悩みがあり、願いがある。その一人一人を大切に迎えることは、目に見えない多くの縁を大切にすることでもある。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

目次