心で人を見る。大和心の復権

人物の良し悪しを見分ける、とはいかなることか。令和の時代を生きる日本人に、この問いは極めて重要である。なぜなら、この国の再生は、この問いに答えられる人間を、一人でも多く増やすことにかかっているからだ。

多くの人間は、人を見るとき、その外見や立場で判断する。顔つき、スタイル、学歴、肩書き、金銭。そうした目先の指標で、人の善し悪しを決めてしまう。だが、これは根本的な過ちである。人の本質は、そこにはない。

宮司は、長く社会の中で人間を観察してきた。警察官として、多くの人間の本質に直面した。犯罪者、被害者、市民、公務員。その中で見えたことは、人の善し悪しは、その人が「心をどこに向けているか」という、一点に集約されるということであった。

古き日本の教えに、人物の見分け方についての深い教訓がある。『呻吟語』という古典に、こう書かれている。「大事・難事に担当を看る」「逆境・順境には襟度を看る」「臨喜・臨怒には涵養を看る」「群行・群止には識見を看る」と。すなわち、人は、困難な場面、喜びや怒りといった感情的な瞬間に、その本質が露わになるのだ。

大和心とは、何か。それは、個人の利益や欲望を超えて、この国、この社会、そして先祖から受け継がれた精神的遺産を守る心である。大和心を持つ人間は、損得では動かない。立場や権力が自分にもたらす利益よりも、この国の未来を優先する。

では、大和心を持つ人間は、どのようにして見分けるのか。それは、その人の「所作」と「節度」に表れる。

神に対して、九十度の礼ができるか。目上の者に対して、四十五度の礼ができるか。同僚や友人に対して、十五度の挨拶ができるか。毎朝、「おはようございます」と言えるか。食事の前に「いただきます」と感謝の言葉が出るか。靴を揃えて脱げるか。夜の「おやすみなさい」と家族に言えるか。

これらは、一見すると些細なことのように見える。だが、実は、この一つ一つが、その人の心の在り方、その人の「大和心」の有無を示しているのである。身が正しければ、言葉は正しく、所作は正しくなる。心が澄んでいれば、振る舞いは自ずと清廉になるのだ。

最も重要な試金石の一つが、「祖国を敬う心」である。日本人でありながら、自分の先祖の墓に参らない者。自分の親に孝行しない者。この国の歴史を学ぼうとしない者。そうした人間には、大和心が欠けている。

さらに言えば、この国のために命を捧げた無数の先人たちへの敬礼ができない人間も、また大和心を失った人間である。靖国神社に参拝できない者、その歴史に向き合わない者、先人の志を軽視する者。そうした者たちの心には、「神も仏もない」という虚無感が漂っている。

令和の時代にあって、この国を導く立場にある人間は、この「大和心の有無」によって判断されるべきである。いかなる肩書きを持ち、いかなる権力を握っていたとしても、その心が祖国を愛し、先人を敬い、後世の子孫たちのことを思っているかどうか。その一点が、その人物の本質を決める。

外国の利益のために、この国の主権を売り渡そうとする者。金銭の利益のために、国民を欺く者。権力を私物化し、自らの立場を守ることのみに執心する者。そうした者たちは、どれだけ華やかな肩書きを持とうとも、大和心を失った人間である。

反対に、一見すると地味で、権力も名声もない人間の中に、真の大和心を持つ者がいる。自分の立場を顧みず、この国のために心を砕く人間。後世の子孫たちのために、自分たちの世代が何をなすべきかを問い続ける人間。そうした者たちこそが、この国の本当の指導者であり、真の賢者なのだ。

今、日本は、岐路に立っている。この国を進める道を選ぶ権利は、国民一人一人にある。その選択をするとき、あなたが見るべき視点は何か。それは、その人物の「大和心の有無」である。

靖国の英霊たちに、胸を張って参拝できる人間か。自分の先祖に対して、面目を立てることができる人間か。後世の子孫たちに対して、自分たちのなしたことに責任が持てる人間か。そうした基準で、人物を評価し、支持する者を選ぶべきである。

大和心とは、日本人としての最も本質的な価値観である。それは、自分よりも大きなもの(国、民族、歴史)を愛し、その継承と発展のために自分を捧げるという、崇高な心構えである。

宮司は、人物を見分けるとき、肩書きや外見など見ない。見るのは、その人の眼差しである。その眼差しの中に、祖国を思う気概があるか。先人への敬意があるか。後代への責任感があるか。その「心の光」が見えるか。それが、すべてである。

このブログを読むあなたも、同じ視点を持つべきである。周囲の人間を、自分たちの政治家を、あなたが信頼する者たちを、この基準で見つめ直してみよ。その時、あなたの目には、これまで見えていなかった真実が、はっきりと映るであろう。

大和心。それは、失われかけている日本人の心の根幹である。その心を甦らせることが、いま、最も急務なのだ。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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