志なき人生に、甦りはない

人は何のために生きるのか。この古い問いに、令和の時代を生きる者たちは、明確な答えを持つことが難しくなった。朝起きて、日々の務めをこなし、食べて、眠る。その繰り返しの中で、人生は消えていく。しかし、これは生きることではない。これは、ただ存在することに過ぎない。

宮司は、人生で最も大切にしていることがある。それは「志を持つこと」である。

志とは何か。それは、単なる目標や夢ではない。志とは、この世に生まれた自分が、何のために存在するのかを問い、その問いに答えを与える、人生を貫く一本の筋である。志のない人間は、風に吹かれる枯れ葉のように、左右に揺らぎ、やがて地に落ちる。しかし志を持つ人間は、どのような逆風の中にあっても、その方向性を失わない。

長く警察官として大阪の街に立ってきた宮司は、多くの人間を見てきた。成功した者、失敗した者、喜びに満ちた者、絶望の淵にある者。その区別は、才能や知識の有無ではなかった。むしろ、その人が「志を持っているか否か」という、極めてシンプルな一点に収約されていた。

幕末の教育者・吉田松陰先生は、このように述べられた。「志を立てて、以って万事の源となす」と。これは、志こそが、すべてのはじまりであるという教えである。たとえ一人の青年が、優れた才能を持ち、深い学識を備えていたとしても、志がなければ、その才も学も活かされることがない。反対に、平凡な才能と学識しか持たない者であっても、明確な志を持つならば、その者は大きなことを為し遂げることができるのだ。

松陰先生の教えはさらに続く。「それ重きを以て任と為す者、才を以てたのみと為すに足らず。知を以てたのみと為すに足らず。必ずや志を以て氣を率い、黽勉事に従いて而る後可なり」と。すなわち、大事業を成し遂げたいと願う者は、才能や知識に頼ってはならない。志を立て、その志の下に、気力を統一し、地道な努力を積み重ねるのである。そうしてはじめて、事業は成就するのだと。

今、日本は岐路に立っている。安倍晋三元総理がその身を以て遺してくれた課題は大きい。憲法の改正、国防力の強化、日本の精神の回復。これらは、一個の指導者が為し遂げるべき事業ではなく、この国に生きるすべての国民が、志を共有し、その志の下に力を合わせるべき事業である。

ところが、現状はどうか。国の未来について真摯に考える人間は少なく、多くの者は、自分の生活のことのみに汲々としている。いや、それすら危ういのだ。朝起きて、スマートフォンを握り、SNSの喧騒に心を奪われ、ニュースの速報に一喜一憂し、夜は疲れ果てて眠る。そうした日々の繰り返しの中に、人生の実質は失われていく。

病気も、志がなければ治せない。医学は、身体の治療はできるかもしれない。しかし、心の病を、生きる実感を失った心を、医学が治すことはできない。その治療に必要なのは、志である。志を持つことで、人は初めて、病と闘う力を得るのだ。同じように、国の病も、国民全体が志を持つことによってのみ、治癒することができる。

ここで、読者に問いたい。あなたのターゲットは何か。あなたは、朝目覚めたとき、昨日と同じ日常へ漫然と歩み出すのか。それとも、明確な志を持って、その一日を歩むのか。

「私には、大きなことはできない」と、人は言う。だが、これは誤りである。志は、大小によって計られるものではない。自分の一生を、何に捧げるのか。その決意こそが、志なのだ。農民の志、職人の志、商人の志、学者の志。すべての道に志がある。その志を立てることで、人は、この世に生まれてきた意味を、初めて知ることができるのである。

宮司の志は明らかである。日本の再生と甦りである。この志のために、宮司は、長く警察の職を離れて、一介の宮司として、静かに祈り、静かに考え、静かに行動してきた。その志が、この3月に、安倍晋三元総理の銅像建立という具体的な形をとった。これは、終わりではなく、始まりである。

令和の日本が、再び自らの足で立つためには、多くの人間が、この志を共有する必要がある。志は、一人の力ではなく、万人の力によってこそ、実現する。

今、この時間において、あなたは何を思うのか。あなたの心の中に、どのような志が生まれているのか。それは、あなた自身の問題であり、同時に、この国の未来を左右する、極めて重要な問題である。

「志を立てて、以って万事の源となす」。松陰先生の言葉を心に刻み、あなた自身の志を問い直すのだ。生きることの意味を、人生の向かうべき道を、あなた自身の足で、あなた自身の心で、立て直すのである。

甦れ、日本。そして、甦れ、日本人の志。

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この記事を書いた人

佐藤素心(一彦)。宮司。昭和16年山口県生まれ。元大阪府警勤務。1979年(昭和54年)の三菱銀行人質事件では機動隊員として活躍。事件解決に尽力した。1990年(平成2年)の西成の暴動では自身が土下座をして騒ぎを治めた。その他、数多くの事件に関わり活躍した人物。警察を退職後は宮司となり奈良県吉野町の吉水神社(世界遺産)に奉仕。吉野町の発展に寄与。故・安倍晋三元総理をはじめ、多くの政治家との交流を持つ。現在は長野県下伊那郡阿南町に安倍晋三元総理をお祀りした安倍神像神社を建立し、宮司を務めている。

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